ようこそ、知事室へ、というサイトをご存知だろうか。��ご参考URL ⇒ http://www.pref.ehime.jp/governor/governor.html )ここに、知事への提言、というコーナーがある。 恥ずかしながら、私は、議員になるまで知らなかったのであるが、これは、ぜひ皆様に活用して欲しいと思う。 地方自治体における、最も影響力を及ぼす力は“首長”にある。いうまでもないことであるが、愛媛県においては、愛媛県知事であり、知事が、やろう!ということになれば、大きく事が動き出すのである。 このサイトを活用するということは、知事への、いわば、プレゼンテーションなのである。 私も、定期的にチェックしているが、生活現場からのご意見とあって、実に具体性のある提言がズラリだ。議会での一般質問で取り上げたい課題も、多数みられる。 輝くふるさと愛媛づくり、のためには、より多くの方が、当事者となって、主体者となって、声を上げることが大切だ。 現代を生きる我々には、このような、ネットという手段が与えられている。ほんのちょっと前の愛媛では、庶民が知事に提言するなど、思いもよらなかったことを考えると、ここは積極的に活用してまいりたい。 知事への提言、というサイトを知らない方には、ぜひ知って頂きたいし、知った方は、ぜひ提言をぶつけてみて欲しい、と思う。 PS.弊ブログをご覧の皆様に参院選期間中は、念のため選挙関連テーマを自粛させて頂きますことをご了承ください。大勝利に向けて、最後まで断固戦い抜いてまいります!
老女が、ごみ置き場に捨てられる。 といっても、これはインドでの出来事。ロイターによると、「インド南部で病気を患った75歳の女性が、ごみ捨て場に横たわっているのを地元の夫婦が発見した。介護を嫌がった娘と孫たちによって捨てられたとみられている」ということだそうだ。��ご参考URL⇒ http://news.goo.ne.jp/article/reuters/world/JAPAN-269613.html) 目が点になるとともに、決して日本もよそ事ではない、そんな深刻さを予感した。 介護に疲れた果ての心中や、生活苦からの殺人事件、または餓死。これらは、今年に入ってからも、たびたび耳にする痛ましい現実である。ほっておけない、今すぐ何とかしなければならない問題だ。 考えてみると、日本の高齢者(65歳以上)人口の割合は、20.7%。5人に1人が、高齢者なのである。20年前に比べて倍増という、猛烈なスピードで、高齢化が進んでいるのである。 この水準は、アメリカ、イギリス、イタリア、カナダ、ドイツ、フランス、ロシアの、いわゆるG8の中でも、NO.1だ。 だからこそ、私たちは、どの国よりも真剣に、そして今こそ、介護を始め、医療・福祉・年金・保険といった制度設計のあり方を見直しながら、世界で一番安心の高齢社会の確立をめざさなければならない、と思う。 急速な高齢化は、1人あたりの負担と責任が急速に重くなるという、現役世代の私たち自身の重大問題だ。 間違っても、自分たちの都合で、物心問わず、お年寄りを捨てることのないように、政治は、その役割を果たさなければならないし、私たち一人一人も自覚を持ちたい。 昔ばなしに、姥捨て山伝説がある。大変な食糧難に直面した、今でいう現役世代が、食い扶持を減らすために、老人を山に捨てて命をつないだ、という悲しい伝説だ。 食糧難を経済苦、あるいは生活苦に置き換えると、現在に当てはまらないとはいえない。と同じように、インドのニュースも、決して傍観できるものといえないのである。 国も地方も、地方の地方も。そのネットワークの基点が私の役割であるならば、しっかりとつなぎながら、結びながら。 これからの少子高齢社会が、皆様にとって、少しでも安心して暮らせる社会となるように、油断なく、全力で働いてまいりたい。知恵と勇気を出して取り組んでまいりたい、と思う。 PS.弊ブログをご覧の皆様に参院選期間中は、念のため選挙関連テーマを自粛させて頂きますことをご了承ください。大勝利に向けて、最後まで断固戦い抜いてまいります!
昨日は、132名。これは、弊ブログをチェックしてくださった方の人数である。 顔も見えず、お声も聞けず、いったいどんな方々なのだろう、という不安交じりの気持ちと、有難い気持ちと。 皆様に、県政のことをもっと身近に、もっと具体的に感じて頂きたい、もっとお声を聞かせて頂き、県政に反映させたい、そのきっかけに。 そんな気持ちで立ち上げた弊ブログである。 100名を超える皆様に見て頂けるようになったこと、ポツリポツリではあるけれど、赤裸々なご意見やお励ましメールを頂けるようになったことを、本当に有難い、と思う。 ぜひ、今後とも、何でもお気軽にご意見を頂きたいし、頂いたメールにはお約束の、必ず返信、を実行させて頂きたい。 本当は、皆様に直接お会いして、いろんなお話をお伺できれば一番だし、様々なテーマで対話ができればどんなに楽しく有意義か、と思う。 そういう機会が持てるように、広がるように、がんばっていきたい。132名の皆様に感謝の思いを馳せながら、今日は、そんなことを考えた。 PS参院選公示の日に、選挙関連テーマを自粛すると宣言して以来、今日は初めて、他に何も書けないくらい、選挙準備でクタクタの1日となりました。ブログネタ不十分につき、申し訳ありません。。。
左の写真は、来島海峡大橋である。 今治と大島を結ぶ、しまなみ海道のいわば始点、もしくは終点。昨日、久々の伯方島訪問時に撮ったものである。 私には、しまなみ海道を通るたびに必ず浮かぶメロディがある。 ♪橋をかけよう かけよう橋を/橋をかけよう でっかい橋を♪で始まるそれは、フランク永井の“でっかい夢”という歌である。 ご存知の方は、いるだろうか。昭和42年にリリースの歌である。 初めて私がこの歌を聴いたのは、小学校に上がった頃と記憶している。夏休みの盆踊りでかかる、定番の1曲であった。 盆踊りの会場であるお寺の境内は、地域内の家族がこぞって集まり、来る年も来る年も、それはそれは賑やかであった。そういう時代でもあった。 風呂から上がりたての私は、いつも糊の効いた浴衣を着せられて、留守番の母と祖父母を家に残し、父と妹と一緒に、踊りの輪に飛び込んだ。おじちゃんやおばちゃんや、おにいさんおねえさんに混じって。 踊りつかれた帰り道は、妹を背負った父の手に引かれながら、ウトウトと、夜通し泣き止まないセミの声と、キリギリスの声がいつもの子守唄だった。 幼心に、当時、本州と四国が橋で繋がるなんて、本当は思っていなかった。そんなにスゴイことは、少なくとも小学生の私が、生きているうちには無理だろうと思っていた。まさに、でっかい夢、であった。 考えてみると、しまなみ海道は、当時の人たちが描いた、でっかい夢なのである。今、私たちはこの橋を渡って、あの島へ、この島へ、本州へと、いつでも自由に行くことができる。 ふと、私たちは子どもたちへ、どんな夢を残せるだろう、と思った。これが父親たちが言っていた“でっかい夢”だったのか、と子や孫たちに言わせしめるものは何だろう、と。 かの歌の最後の歌詞は“男の夢は/虹よりでかい”だが。そろそろ社会の責任世代に入った者として。 子どもたちに“虹よりでかい”夢を与え、そして自身の為すべきライフワークは何なのか、この写真から、何だかちょっと真面目に考えさせられた。 PS.弊ブログをご覧の皆様に参院選期間中は、念のため選挙関連テーマを自粛させて頂きますことをご了承ください。大勝利に向けて、最後まで断固戦い抜いてまいります!
伯方港、あるいは木浦港。久しぶりに見渡す、この風景と、潮の香り。 タイムスリップしたかのように。少年時代と、何も、変わらない。 思えば、中2のとき、父を亡くして移り住んだこの島は、母の里であるとともに、私の故郷となった。 車のエンジンを止めて、BGのボズ・スキャグスを聴きながら。当時の、往時の、そして30星霜の思い出が、猛烈なスピードで、脳裏にフラッシュバックしてきた。 桟橋に、降りてみた。あのときと、何も、変わらない。 高校受験の時、不合格なら就職しようと決め、悲壮な決意で渡ったときも。下宿で過ごした今治西高時代、帰省のたびに、大きな荷物を自転車に積んで下船したときも。 大学時代、3万円の中古車を手にして、意気揚々と凱旋気分で降り立ったときも。いつしか社会人となり、家庭をもち、父となり、そして、議員としての所用に訪れた本日も。 この桟橋は、ゆるやかに波に揺られながら、じっと浮かびながら、昔と何も、変わらない。 しかし、時は過ぎ往き。島に帰る度に、この桟橋で私を迎えてくれたステテコ姿の祖父と、笑顔の祖母は、もういない。 さて。久しぶりの伯方島は、途中、晴れ間と静けさが一転、突然の豪雨と雷もにぎやかに。市民相談の後、参院選支援依頼で旧友・親戚を駆け足でまわり、約4時間の滞在となった。 おじちゃんも、おばちゃんも、友人たちも。当時と何も、変わらない、その温かな笑顔と人情と。会話に花が咲き、話の続きが名残惜しくも、次回の楽しみとなり。 久しぶりの故郷で、えもいわれぬ温もりを感じたひと時は、故郷から私への、贅沢なお土産そのものだったであろう。 と、ともに。伯方島を移動中、あちこちの辻々で目に飛び込んできた公明党の法定ポスター。支持者の皆様の献身に、心から合掌する思いでいっぱいになった。明日から、さらにやらんかな、と勇気がみなぎった。 目の前の戦いを勝ってこそ、次は、できれば、ゆっくりと訪れたい、と思う。 PS.弊ブログをご覧の皆様に参院選期間中は、念のため選挙関連テーマを自粛させて頂きますことをご了承ください。大勝利に向けて、最後まで断固戦い抜いてまいります!