終日、党務に追われる。1日が、あっという間だ。 その上、多忙にかまけてか、暑さに茹だれてか、最近は、読書も思索も十分にできていない状況である。 頭と心に、充電が必要だ。 ということで、書店に立ち寄り、何冊かチョイス。思わず手に取ったのは、「14歳からの政治2」という本。 例えば、14歳の中学生が、石破茂衆議院議員に、日本の平和は大丈夫ですか?などと、大真面目にインタビューするのである。 著名な政治家の面々が、果たして、中学生の腑に落ちる説明ができるのだろうか、という興味とともに、ドキッとするくらい、こういうアプローチは、あり、だと思った。 考えてみると、政治は決して有権者だけの、大人たちだけのものではない。 にも関わらず、結果的に、私たち大人だけのものにしてはいまいか。政治家も官僚も、その対話対象として、無意識に子どもたちをオミットしていまいか。と、思わず、ハッとしてしまった。 買ったあとは、じっくり、読むとして。 難しいことほど、つまり政治も、子どもにもわかるように、という雅量が必要だと思う。雅量といい道理というのは、子どもにもわかるものだからである。 そして、子どもたちは、本能的にウソを見抜く天才なのである。その子どもたちの腑に落とすためには、政治はウソをつけないのである。 1冊の本のタイトルへの直感が長くなったが。放電ばかりで干からびないよう、忙中の充電を早速明日から、と思う。
知人との久しぶりの再会に旧交を温め、元同僚と、じっくり近況を交換した、1日。 考えると、去年の今頃は、自身の統一選出馬に向けて、会社内での様々なネゴに奔走していた時期であった。 温かく背中を押してくださった皆様のおかげで、その後、円満に退職することもでき、今日に至った。 おかげさまを思う。 すべてがリセットされ、今、新たなステージで、新しい使命に働かせて頂いている。そして、政治の世界において、私が積み上げたものは、ほぼゼロ、という事実。ここが、スタート地点。 文字通り、一からであり、毎日、ブログを綴りながら、1年生という表記が多いのは、その自覚からである。 学生と違って、この世界の1年生は、易しくない。考えさせられることの多いこの頃、ではある。 しかし、私にとって有難いのは、この世界でしっかり働いていこう、との決断にいたった初心と、真心から支えてくださる皆様とのお約束、という原点が、今、なお鮮やかに、心に赤々と燃えていることである。 ここに立てば、使命は明確だ。ここに立てば、闘志が沸く。そして、ここに立てば、謙虚になれる。 旧交を温めながら、そこには戻れないということの現実と、これから進むべき道のりの険しさを心して刻んだ、1日となった。 ��写真は、松前町に沈む荘厳なる夕日)
参院選から、ちょうど2週間。 マスコミの過熱はいささか治まりつつも、政局をにらんで各党・各議員とも落ち着いてなどいられない、正念場の夏、といえそうだ。 わが公明党も、捲土重来を期して、次へのスタートを切っている。 今日は、先日、見事当選を果たした山本ひろし参議院議員とともに、中越沖地震の被災者支援の募金活動と遊説で、街角に立った。 世間は、お盆休み。松山まつりも始まって。 ご家族連れ、友だち同士、カップルなど、道行く人々の、楽しそうに会話する笑顔が、日ざしと共に眩しかった。 こういう何気ない当たり前の日常に、平和は存在するのだ。どこか遠いところでもなく、大上段でもなく、まるで空気のように。 街頭に立ちながら、脳裏にパッと、確信が生まれた。 空気があってこそ、人は生きられる。が、日常生活の中で、それを意識したり感謝したりすることは、殆どなく。 目を転じると、中越沖地震で被災された方々とその暮らしは、まだまだ復興には遠い状況にあり、思いを馳せれば胸が痛む。 その少しでもお役に立ちたい、という思いからの募金活動だったが、大勢の道行く善意の方が、続々と募金をお寄せくださった。 その真心に、心から感謝と感動を覚えた。 まもなく62回目の終戦記念日を迎える。 先人達が築いてくださった、この平和というものに深く感謝しながら、その上に、さらなる安心と安全と満足を、社会に広げていけるよう、党としても、個人としても、がんばらねば、と心に期す1日となった。
参院選を受けた臨時国会が、昨日で閉幕した。今朝の愛媛新聞にて、愛媛の新人2名の所感を載せた関連記事に目が留まる。 6年間じっくり論争を、と。その通りである。 いつ解散があるかもしれない衆議院と違って、そこは良識の府である参議院。 友近氏は農林水産の分野で、わが公明党の山本ひろし氏は厚生労働の分野で、と、それぞれが注力の方向性を定める。しっかりと取り組んで頂きたいし、私も山本議員と同様に、決意をあらためている。 明日は、その山本ひろし参議院議員と、市内で街頭遊説を行う予定だ。わが公明党のロゴマークは、太陽。その灼熱の太陽の下、力いっぱい行ってまいりたい。 ��写真は、8/11付愛媛新聞2面記事)
今日は、今治市の大三島と大島に渡った。 大三島では、JF大三島水産物二次加工場を訪れた。同加工場は、合併市町村周辺地域振興補助金事業として本年3月に竣工した施設である。 その目的は、豊漁・不漁・魚価次第といった経営から脱却し、地域水産物にさらなる付加価値をつけて、「売れる」水産加工物の開発と販路拡大をめざす、というものである。 地元日本食研とのコラボということだが、その強化がポイントに思えた。 続いて、大島へ移動。 潮流体験船と、物産館兼魚食レストランを視察した。いずれも、宮窪地区観光拠点整備事業として、本年4月に営業を開始し、着実に来訪者が増加しているとのこと。 まだ緒についたばかりであるが、ビジネスとしての将来性を感じた。 特に、潮流体験船。これは、工夫次第でドル箱になりうる、と思わず唸った。いくら巨額投資をもってしても、この壮大な自然装置は作れないのだから。 潮流体験を、宮窪観光全体のストーリーの中で、どう魅力的に落とし込んでいくか、が重要であろう。ホスピタリティを真ん中に立てて、ぜひ他の地域に希望を与える、観光事業としての成功を、と思う。 PS大三島と大島の真ん中に、私が育った伯方島がある。潮流体験で訪れた船折り瀬戸は、昔から有名な、船の難所である。 ここの潮流がいかに早いかということは、中学3年の夏、はからずも体験した。苦い思い出、である。 そのとき、私はシュノーケルと水中めがねと足ヒレをつけて、友だちと海に潜り、銛で魚やウニやアワビを獲っていた。 獲っては焼いて食べ、また潜り。 ある時、浜辺近くで潜ったつもりが、海面へ出ると、ずいぶん沖に出ていた。しまった、潮につかまった。流されている。すごい力で、船折り瀬戸の渦のほうへ引っ張られていくのがわかった。 あとは無我夢中。あるいは一心不乱。 流れに逆らわず利用して、少しづつ浜辺へ浜辺へと必死で泳ぎ、1㎞くらいむこうの岸辺に、どうにかこうにかたどり着くことができた。本当に死ぬかと思った。 その後、祖父たちから、昔は、このあたりの潮の速い海で流され、亡くなる方も多かったことを聞く。自然に対する敬虔を、身にしみて覚えさせられた夏であった。 船折り瀬戸を通過する潮流体験船にて、当時のその場所を見つめながら、それから28年経った夏も、あの時と同じように、また暑い1日であった。 ��写真は、船折り瀬戸の潮流と渦)