今日は、終日、今治にて。日頃、お世話になっている企業と支持者の皆様へのご挨拶に伺う。 寄り道がてら、高校時代の下宿先を訪ねてみた。何年ぶりだろう。 大家さんは、あいにく留守で、お会いすることができなかったが、裏に回ると、私が過ごした部屋、というか、離れ、は健在であった。 その4畳半のレイアウトも、カーテンの色も、はっきりと覚えている。押入れの、昭和のにおいも、くっきりと蘇る。出入りしたあの人この人、あのシーンこのシーンが、浮かんでは消え。 高校時代の3年間を過ごしたこの場所は、ある意味、私にとっての聖地である。 奇しくも、ちょうど26年前の、夏休み終了間際の、この時期。今は亡き私の恩師が、突然にしてわざわざ、この下宿まで足を運んでくださった。 進路は、どうするんぞ。 そう言ったきり、私の話を最後まで、頷きながら聞いてくれたこと。そして、就職に気持ちが傾きかけた私に、大学進学の決意を固めさせてくれたこと。 がんばれよ。人懐っこい笑顔で、そう言って、帰られた。 深々と、感謝の気持ちが、蘇る。 進学先と、その先に連続する、数々の出会いによって私は、今にたどり着くが、もし、あの家庭訪問がなかったら、今の私は、確実に、いない。 ここが、起点だ。他人に感謝することの大事を教えて頂いた、この場所が、大人へのスタート地点だ。 おそらく10数年ぶりの、この場所で。坂の上の雲をめざして、恐れずに突き進んだ、あの時と同じように。 あらたな坂道の登攀に際し、立ち寄るべくして立ち寄った、そんな意味と必然性を感じた、寄り道であった。 そして、額の汗をハンカチで拭いながら。感傷に浸る気持ちを振り切り、次の訪問先へと向かった。 ��写真は、本日訪れた、日本食研KO宮殿工場/ご参考URL⇒ http://www.nihonshokken.co.jp/main.html )
午後、松山市と(社)松山青年会議所の主催による第24回まつやま市民シンポジウムに参加した。��ご参照URL⇒ http://www.city.matsuyama.ehime.jp/seisaku/1182864_907.html ) 注目したのは、2部構成の第1部「人と人、人とまち、まつやまの未来」と題した基調講演。 講師は、あの、プロ野球の読売巨人軍終身名誉監督、長嶋茂雄氏の主治医である、初台(はつだい)リハビリテーション病院 医学博士の酒向正春(さこう まさはる)氏である。 その講演の骨格を成す「健康医療福祉都市構想」の提唱に、感銘を受けた。 日頃、誰しも、人とまちは、病気や障害の当事者を想定していない、という冒頭の事実提示に胸が痛む。 当事者となって初めて、どうしてよいかわからない現実の社会システムに気づくが、脳神経外科においては、それは決定的に致命的、なのである。 氏が唱える「健康医療福祉都市構想」とは、病気や障害をあらかじめ想定した、優しさと強さを持つ、個人の育成とまちづくり、と私は理解した。 障害に対するリハビリ治療は、一義的には確かに医療マターだが、その先の、社会生活を行っていく上での、人間回復に向けた真の障害克服という点では、思いやりという想像力を伴う「ひとづくり」と「まちづくり」という市民のマターなのである、と。 それは、自助と共助が織りなすユニバーサル社会の実現、と換言していいだろう。私が感銘した、肝である。 酒向博士は、愛媛出身の46歳。日本のみならず世界に、その「健康医療福祉都市構想」を広めんとするその情熱に、大いに触発され、有意義な時間を得た。 心から賛同するとともに、県政への反映という大きな宿題を胸に、会場を後にする。照りつける残暑は、まだまだ厳しく。
面白い記事を発見。 たった15万円のコストで、世界一を実現した事例である。��ご参照URL⇒ http://www.asahi.com/life/update/0901/NGY200709010007.html?ref=goo ) 思わず、うなずいてしまう男性は、少なくあるまい。この事例、じつに示唆に富むのだ。 気づきの力、の経済効果である。件の空港施設サービス会社の生産性を向上させるきっかけは、ひらめく“仮説”であった。 すなわち、“ターゲットがあると、きれいなトイレになる”のではないか、という、気づき、である。全く、すばらしい、と感心する。 ここに、わが愛媛の、経済活性化を含む政治課題のヒントがあるように思えてならない。 この事例は2つの重要を示唆してくれる。 1つは、気づきは現場にあったということ。もう1つは、気づいたのは、清掃という意味でも、利用者という意味でも、当事者であったということ。 例えば、経済的疲弊が続く、農林水産業地域にもピタリとあてはまる。 みかん農家は、ふつう、みかんが売り物と思って栽培をする。その中で、ある人は、みかんをつくる過程全体を売り物にできないか、と気づく。 夏の夜、セミの幼虫が土から這い出して、みかんの木によじ登り孵化する、このシーンを都会の子どもたちに見せて感動させたい、と思うならば、観光事業の仮説が出来上がる。 みかんの花の甘い香りを缶詰にして、都会に住む、愛媛出身者に届けたい、と思うならば、通販事業の仮説が出来上がる。 あくまでも、ジャストアイデアに過ぎないが、しかし。 あの、世界のカップヌードルだって、どんぶりを持たないアメリカ人が、チキンラーメンを紙コップで食べるのを見てひらめいたという、日清食品の創業者であられる安藤百福さんの、ジャストアイデアから始まったのだ。 現場から離れてはいけないな。その現場から、当たり前を排さないといけないな。そして、現場の課題に対して、いつも当事者意識を持たないといけないな。 そう、思った。また、決意した。 その気づきに、あなたの価値がある。そういって頂けるように、日々、自分を磨いていこう、と。
盛んなる夏は、過ぎ。午前、久万高原町へ。 お会いしたのは、戦前生まれの地元壮年のお一人。そのお申し出による、河川被害の土砂崩落現場を視察。 所有する田畑と水路が抉り取られるように崩落したのは、約15年前。諸般の事情によるも、15年もの先送り案件であった。 早速、県庁へ移動し、視察内容を踏まえ、所管部局に申し入れを行う。積極的かつ協力的な見通しを確認し、安堵する。 というような部局折衝が、今日は4件。新人としては体当たりであり、すべて勉強だ。 4件のいずれもだが、折りしもの財政難は、行政すべてに取捨選択を強いることを痛感。巨額な借金をいくら嘆いても、前には進むべくもなく。 件の壮年は、語る。 大事なことは、わが町をわが家庭に置き換えて感じる、当事者意識だ。これを、みんなが持てれば、町の窮状も閉塞も、必ず打開できる、と。 その通り。 どこであれ家計が赤字であれば、まずは借金返済計画を立て、それに基づいて、支出を切り詰め、収入を増やす努力を惜しむまい。 できるかできないか、ではなく、するかしないか。その意味で。 壮年のお話で印象に残ったキーワードは、辛抱、そして、知恵、である。今の現役世代は、辛抱することと、知恵を出すことに、努力が足りない、と。 グサリ、応えた。 必死でないと生きていけない時代と、何となくそれでも生きていける現代と。 戦前生まれの過ぎこしご苦労に最敬礼しながら、未来を受け継ぐ一人として。これからは、想像力の時代だ、と、ふと思った。 人に対して、地域に対して、社会に対して。他者ではなく当事者として、想像し感受できる、そういう個人と団体と社会のみ、次代を拓くことが可能であり、強力な磁場となって歴史をナビゲートするのであろう、と。 おやっ、と見る足元に、こおろぎ発見。8月の終わりに、こちらは、秋到来のナビゲーターである。
本日の愛媛新聞の、ある記事にドキッとする。大規模地震対策で、県庁内連絡会議の初会合が行われた、という記事だ。 8/2に行われた常任委員会で、私が要望したのは、まさにこのことであった。同日のブログにも、以下の主旨を書いた。 「想定される南海地震など大規模地震の防災対策には、従来の縦割りではなく、全庁横断的なプロジェクトチーム編成が不可欠で、抜本的な、多面的で漏れのない検証と議論の中から、わが県独自の、防災トータルプランを構築してまいりたい。」 意見が取り入れたとしたら喜ばしいし、まずは、1歩前進、と思う。 今日の初会合で達した結論のうち、重点ポイントは2つ。高齢者や障害者といった要援護者対策と、老朽木造家屋などの住宅耐震化対策。 今後、関係課の担当者レベルでの継続協議となるということだが、その推移を注意深く、追ってまいりたい。 さて、本日は、日中は市民相談対応。夜は、市内南部を回り、54名の方々にお会いし、昨日に続いて、いくつもの宿題を承る。はたして簡単な宿題は、1つもなく。 と、あるご婦人から、こんな質問を頂いた。県議会議員は、いつも、どんな仕事をしているんですか? 思わず、ドキッとする。私なりにお答えすると、県民の様々な生活課題の発見と解決、となるのだが。 おいしいパンを作って、売るのが仕事です、というような明快さに欠け、ちょっと形而上に過ぎるか。 いずれにしても、政務調査活動、現地視察、市民相談、部局折衝など、議会活動以外は、定型パターンがないところは、まさに自由業である。 であれば、県議の仕事としての商品は、何?ご婦人の何気ない質問に、哲学的な悩みが膨らんでゆきながら。 夜のしじまを、拡張要望のあった現場道路を視察し、家路につく。 ��写真は、8/30付愛媛新聞3面記事)