19:00。日頃、お世話になっている皆様との座談会に出席。 懐かしいお顔とともに、たくさんの新しい笑顔に包まれ、私にとって十分すぎる、オアシスなひと時であった。 その中で、20分程度のお時間を頂き、お話をさせて頂いた。 県議会議員ってどんな仕事?県議会って、どんなところ? 誰しも思う、そんな素朴な話題から始まり、この間、取り組んできたこと、これから取り組もうとしていることを、正直に、ありのまま、語らせて頂いた。 2つ、思った。 1つは、こうした場を頂けることへの感謝、だ。政治は堅苦しい、難しい、敷居が高い、とよくいわれるが、これは、本来の逆、であろう。 政治は、生活の全方位をマターとするのであれば、生活者に一番、身近な存在でなければならない、と思うのである。 政治がパフォーマンスに流れ、そうした努力を怠ってきたとすれば。 今こそ、私たち議員は猛省の上に、猛烈に、こうした場を拡げていかなければならないであろう。 ゆえに、生活現場に飛び込み、膝を交えて、裃を脱いで、腹蔵なく対話を行う、こうした場が、極めて重要で、決定的に有意義なのだ、と再認識をさせて頂いた。 もう1つは、責任の重さ、である。生活者から共通して聞こえてくる悲鳴の最たるは、負担増の問題と、さまざまな格差問題。 なぜ、ということの説明と、一定のご理解を頂くことは、ある程度可能だ。問題は、じゃあ、どうする、に対して、国も県も、答えを見出しきれないという現実にある。 それをするのが、政治の仕事でしょ。 これが、生活者の本音であろう。そして、おそらく、国民全体の。 そのように、生活者の気持ちに寄り添ったとき、政治家の責任は、いや増して重い。新人であっても、若造であっても、いいわけにはならないことを、痛感した。 参加者を笑顔で見送りながら、たくさんの激励の言葉を頂きながら。初心を忘れず、原点を見失わず。 愚直に、自身の責任を果たしてまいりたい。夜の帳、肌寒い帰り道に、あらためて、心に誓った。
葬儀参列のため、新居浜市を訪れた。 新居浜ICを下りたとたん、いつもと空気が違う。それも、そのはず。 今がたけなわと、新居浜太鼓祭りの熱気が、町に満ちているのである。今年は新居浜市制70周年を記念して、例年にも増しての盛り上がりという。 勇壮な掛け声とともに練る、太鼓台とかき夫が眩しい。観衆として、じっくり堪能する時間がなかったのが残念だった。 一説によると。この地域での太鼓台の起源は、平安あるいは鎌倉時代まで遡るといわれる。 約1,000年にもわたり受け継がれてきた、その歴史と伝統は、おそらくこの地に暮らす方々の最大の誇りとして、お1人お1人のDNAに、完全に組み込まれているのだろう。 そのあたりがいかほどかは、ご当地選出の石川県議のブログに詳しい。��ご参照URL⇒ http://minoru14kawa.blog72.fc2.com/blog-date-200710.html ) さて、参列を終えて、松山に戻ると、いくつかの県民相談が待っていた。対応を終えた後は、盲学校関係者と笹岡県議の打合せ会合に同行参加させて頂く。 とても勉強になった。実際に見て知ることを、知見というが、まさに新たな知見を得た有意義なひと時であった。 その後、日頃お世話になっている方々と、多事争論。膝を交えて深夜まで。爽やかに、疲れた。 思えば、統一地方選の公認発表から、1年が経ち。 わが人生史上、最も激動の、この1年は、新居浜市民の太鼓台DNAにも負けない、私自身のDNAとして、しっかりと熱く刻み込まれた365日、であったといえる。 それは、支持者の皆様との誓い、というDNAだ。原点を忘れず、熱く、精進してまいりたい。 ��写真は、新居浜で見かけた勇壮な太鼓台)
朝から夕方まで、県民相談に動く。 いくつかの成果報告に伺い、それぞれの方が喜んでくださった。つくづく、議員活動のすべては、この瞬間のために、である。 そして、夕方から夜は、党務。11月の活動を中心に、今後の流れをにらんだ打合せを行う。 各党とも、次期衆院選に向けて、水面の上も下も、動き出している。 その流れの中で、今日の国会中継において看過できない動きがあった。またぞろ、ではある。 私たちは、そうした駆け引きや揺さぶりに、翻弄されない。 今なすべきことは、よそではない愛媛の、県民なかんずく、庶民お1人お1人と、じっくり対話することだ。 社会保障や格差問題といったテーマが中心になるであろう、そうした山積課題について、本音のやりとりを、誠実に、積み重ねていくことだ。 これしかない。衆院選ありきではない、それは、その結果である。 長時間にわたる打合せは、戦いの呼吸を、全員で確認するひと時となった。 さて。 わが党愛媛県本部も、9月より、笹岡代表・豊田幹事長体制になり、じわり、変化の空気を感じるようになった。 一般に、中心者が変わると組織は変わる、と言われる。そして、組織には、変えてはいけないものと、変えなくてはいけないものが、ある。 さらに、一兵卒の私には、一兵卒の働きがある。それは、1回1回、1人1人と、味方を作ることだ。 昨日、ブログにそうした思いを綴った通りである。そして、 「一人の味方が、万人の味方になる。人間外交で勝て。」今日、最も心に刺さった言葉なのである。 ��写真は、県民の思いが一杯に詰まった相談ノート)
朝から県民相談にて動く。 県民のご要望が1つでも叶い、2つでも前進させるために、今日も様々な方に出会った。 何をしているかというと、交渉である。政治家は、どんな場合にも、ネゴシエーター、なのだ。 そのお相手が、世間でいうところの、いわゆる偉い方ともなると、新人議員としては正直、気後れしてしまいがちだ。 今日は、そんな場面があった。 ものすごく気を遣いながら話していたが、こちらの真意がどうも伝わらない。途中から、思い切って、しかし誠実に、ぶっちゃけた。 伝わった。 ぶっちゃけてよかったかどうかは、わからない。こちらが、伝わったと思っているだけかもしれない。 けれど、私の意図と思いは、体温くらいには熱く感じて頂けたと思うし、相手が誰であれ、今の私には、これしかできない。 善処を確認することが、できた。早速、相談者へご報告だ。 午後も、様々な方との交渉が続いた。有り難い援軍が、1人、また1人と。 たくさんの皆様の理解とご協力に、心から感謝しながら、おかげさまを思う。 誠実と、謙虚。 県民お1人お1人のご要望を、真剣に受け止めて、これが今、私ができる交渉のすべて、である。 ��議会控室から見た夕日も、この日は有難く)
これは・・・。 思わずハッとしたのは、小林繁さんと、江川卓さんの、28年ぶりの会話シーン。 某日本酒メーカーのTV-CMだ。��ご参照URL⇒ http://www.kizakura.co.jp/company/release/20071012.htm ) 最近、最も印象に残った、いわば出来事、といっていい。 新聞広告も、秀逸だ。こんな、キャッチコピー。 「一生、話しをすることはない、と思っていた。一度でいいから話しをしたい、と思っていた。」 じゅうぶん、わかった。伝わった。たった2行で、もう、メッセージは尽きているのである。 お二人といえば、知る人ぞ知る、元プロ野球選手であり、あの、空白の1日である。 たった1日で、ある意味、国民的スポーツコンテンツであったプロ野球に対して、それまでのように純粋に、無邪気に、対峙できなくなった分水嶺、ともいえる、私にとっても、大きな1日であった。 が、当事者のお二人は、その比ではない、想像を絶する、人生の分水嶺であったろう。はたして今夜のTV番組で、江川氏は、当時を回想し、最後は言葉にならなかった。 私には、それで、じゅうぶんだった。 その後を分かつ1日が、世の中には、ある。しかし、人間には、分かたれたものを、また新たに結ぶチカラが、ある。 対話のチカラ、である。 空白の1日を埋める、お二人の28年ぶりの邂逅に、拍手を送るとともに。 眼前の政治課題の解決を模索する毎日にあって、私も。真心の対話で、人と人をしっかりと結ぶ、そういう議員に成長したい、と決意する。