午後、政務調査費に関する党内打合せを行う。 県民の皆様からお預かりした大事な税金であるからには、厳格にして適正な運用と説明責任は、議員の義務であろう。 もとより、公明党は。庶民の党であるがゆえに、どこよりもお金にクリーンでなければならない。 国会でも、わが公明党は、政治資金収支報告書の問題で、1円以上の領収書添付の義務づけと報告書の全面公開を、自民党に譲らぬ姿勢で取り組んでいるところだ。 一方、県会でも、当然ながら国会公明党と歩調を合わせて、すべての領収書添付と報告書の全面公開、という会派要望を既に出している。 それに対する意思統一と、その準備としての、本日の打合せであった。 が、私たちの思惑とはうらはらに、この問題の前途は簡単ではない。是においても、非においても、いくつかの矛盾と課題をはらむからだ。 いずれにしても。 政治とカネに対する透明化の機運を受けて、この問題は、年度内の県議会において、一定の結論を見出すであろう。 最終的には数の論理、というのが政治の現実ではあるが、しかし。最後の最後まで、県民の皆様にご安心頂ける努力を行ってまいりたい。 少なくとも、私は、使途の合理性と適正に関する明確な説明責任が、いつでもできるよう、今を準備しているし、今後も心がけてまいりたい、と思う。 ��写真は、昨日見た、中島の空の青)
胸のすく、秋晴れの本日。 終日、山本ひろし参議院議員と雲峰松山市議に同行し、中島・津和地島を訪ねる。へき地としての離島における、医療・介護・農水産業の現場視察が、目的だ。 そうした我々の意向に、休日にも関わらず、ご同行頂いた松山市職員の皆様と、ご案内を頂いた各施設関係者の皆様のご協力に、心より感謝を申し上げたい。 それぞれの現場に立ち、貴重なご意見・ご要望をお伺いする。実際に見て、聞いて、肌で感じることが、どれほど大事か、あらためて思う。 1日の所感を要約すると。 医療については、万般にわたり一律の、国のマネジメントは、もはや不可能と、確信する。 地域に関わらず国民の生命の安全は、最低限、一律に保障されねばならない。しかし、へき地では。 例えば救急医療対策の整備不十分など、その最低限をさらに下回る危うい状況を、だましだまし過ごしている、過ごさざるを得ない、というのが実状だ。 公平とすべきは、制度の一律ではなく、生活の安全保障の一律だ。介護・農水産業についても、同様のことがいえる。 同じ市内で、一律の介護保険料を負担しているにも関わらず、へき地であるために、質量とも、受けられるサービスが限定され、差別が生じているという現実。 原油高に伴う燃料費の高騰と、台風被害など天災に関する自衛努力の限界に、制度と財政的な理由から行政支援が切り詰められ、あるいは施されなくなる、という現実。 要するに、全国を一律に運営できた時代は終わったのだ。今、私たちは確実に、いわゆる、格差社会という時代に生きている。 今日の視察は、格差の視察であったといえよう。それは、地域間格差であり、医療・介護格差であり、経済・雇用格差であった。 いうまでもなく健全な競争による格差は、是だとしても。競争以前の、最低限度の生活や、生命財産の保障、といった基本的人権に関わる格差は、あってはならない。 それが、あるのだ。 というところから、政治のあり方を見直さねばならないし、すぐに手を打たねばならない。ここは正に政治の出番だし、今が公明党の本領を示す時であることを、強く、深く自覚する。 1日は、あっという間に過ぎ。船に乗りこみ、見送る人々に手を振りながら、帰路につく。 奇しくも、本日は、国会・県会・市会議員が揃っての視察となった。あらためてながら、公明党は、ネットワーク政党である。 今日頂いた、あまりにも多くの、そして切実なるご要望を共有し、その強みを生かして。それぞれの立場に敷衍しながら、解決に向けて執念を持って取り組んでまいりたい。 波に揺られながら、潮風に吹かれながら、それぞれに誓いあった。 ��写真左から、山本参議院議員・雲峰松山市議会議員・私)
午後、理事者との会派打ち合わせ。来年度予算の考え方について、レクチャを受ける。 厳しい。その現実に、思わず、上杉鷹山の米沢藩が脳裏に浮かぶ。 彼いわく。「為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」 けだし至言に学ぶならば、今、県政に必要なものは、成る確信と為す勇気、と自覚したい。 終了後、コンビニおにぎりを頬張り、一路、砥部町へ。 夜の党員会に参加させて頂く。月末のお忙しい中を多数お集まり頂き、有り難い気持ちと、感謝の思いで一杯となる。 そして。 会合の内容に、心からの感動を覚えた。 そこには、主体性があり、行動と実践があり。ビジョンがあり、研さんがあり、団結があった。 地元のためにと、意欲的に取り組まれる党員の皆様に、合掌する思いで拝聴させて頂いた。 不惜、という精神がある。私たち公明党を直接的に支えてくださっている党員の皆様は、まさに、不惜の方々である。 わが身を、貴重な時間を、そして費用さえ。惜しむべきを惜しまないその境涯は、ノブレスオブリージュといっても過言ではない。 その気高き庶民の皆様に支えられる私は、その為すべきを、あらためてお教え頂いた気がする。この場をお借りして、今日ご参加頂いた皆様に、心より感謝を申し上げたい。 さて。 明日は、久しぶりの中島である。島を取り巻く課題の視察を真剣に、そして、お世話になっている皆様との再会を楽しみに、伺いたい。
早朝、市内にて現場視察。昨晩頂いた県民相談の、意図の確認である。 なるほど。現場に立たないと、本当のことはわからない。 早速、部局折衝へと動く。 他にも、先日来の案件の進捗確認などで、午前はあれよと過ぎ、午後は、ご相談者のお一人お一人に、善処のご報告をさせて頂いた。 さて、ここのところ。 支持者の皆様から、激励と御礼の電話やメールを頂く機会が増え、なんともいえず有り難いし、恐縮でもある。 新聞に載るような派手な成果は、今の私には望むべくもないが、記憶に残るような真心の対応それのみを、常に、心がけている。 今、目の前にいらっしゃるお一人に、真剣に、地道に。無知の知、による体当たりの日々、とでもいえようか。 皆様の激励に、前進への意をいっそう強くさせて頂いている。 ふと、ある雑誌の記事に目がとまる。孫正義氏と北尾吉孝氏の対談である。 もはや解説不要であろうお2人が、お手本のない時代といわれる中にあって、その根幹にある経営哲学を語り合う、というものだった。 その中で、両者ともに尊敬するという、稲盛和夫氏の言葉が紹介されている。 「動機善なりや、私心なかりしか」 有名な一節は、なるほど、深い。強く、賛同する。 企業も、人も、やはり、その根底には哲学が必要だ。まして、政治には、なおさらのこと。 各々の哲学が厳しく問われる時代となった今、生き残り、つまり選別と淘汰のカギとなるのは、それに基づいて、何をどのように体現するのか、したのか、という現実証明であろう。 自身に置き換え、ひとつの記事に示唆を得る。現証には如かず、を肝に銘じ、明日からの精進に代えたい。
清清しい、秋晴れの1日。日中、昨年までお世話になった企業を表敬訪問し、支社長との面談を頂く。 その節の御礼を述べながら、近況を交わしながら。 しばらく和んでいると、そこに、更に懐かしい先代支社長がお見えになり、奇しくもの再会に感激しながら、歓談がひときわ弾むひと時となった。 名残惜しくも辞去した後、私が向かったのは、久万高原町。 今晩は、月に1度の党員会なのである。といっても、自身、初参加とあって、握るハンドルに、緊張がひしひしと。 会場には既に、数十名の笑顔が満開だった。 お一人お一人の、日頃のご苦労と、ご多忙と遠方よりの参集を思うにつけ、その有り難さが痛いほど身にしみる。 初参加の党員会は、あっという間に進み、さまざま感じ、そして学んだ。特に、自身についていえば、力のなさを痛感することしきり、であった。 顔が赤くなるほど、まだまだ、新米議員。反省しきり、なのである。 ひとたび議員でいる限り。 与件がどうあれ、いつでも皆様に、元気とか勇気とか希望の上に、納得と理解と共感を与えられる、そういう存在でなければならない、と私は思っている。 その意味で。 次回は必ず、来てよかった、がんばろう、そう思って頂けるよう、重々心に期し、帰路につく。 車のラジオから、チューリップの、青春の影。今日流れなくてもいいのに、と心にしみた。 ��写真は、おすそ分けに頂いた、取れたての、おっきな、さつまいも)