午前、県民相談への対応で部局巡り。午後、企業訪問を行なった。 とある地元企業社長との面談で、耳の痛いご指摘を賜った。ひとことでいうと、県行政の企業努力はまだまだ足りない、ということになる。 例えば。 歳出を少しでも抑制するために、個々の案件を厳しくチェックするということは必要だが、��in-Winの視点と、トータル・クオリティのバランス感覚が決定的に欠落している。 今のように、適正を超えた発注単価の値下げ競争が行き着く先は、結局、Lose-Lose。お互いに潰れる、ということだ。 また、いわく。 出入り業者は、見ていないようでよく見ているものだ。本当に危機感を持って取り組む職員と、そうでない職員がいることを。 後者に対する対応こそ行政の企業努力だと思うが、こちらが気づくほどには変化が感じられない。民間感覚としては、経営判断がまだまだ甘いといわざるを得ない。 またまた、いわく。 同じことが、そのまま議員にも言える。コツコツと地道に、県民・企業・団体を訪ね、真摯に耳を傾けながら誠実に取り組む人と、そうでない人と。 見ている人は、きちんと見ている。後者の議員は、これからの時代においては間違いなく淘汰されていくであろう。 県民の視点から出発し帰結する仕事ができているのかどうか、最終的には議員個々の人格が選択される、そういう時代に入っている。 まだまだ、ご指摘は続くが。久しぶりに、良薬を得た気がする。 夜、知人との懇談でも、民間企業が直面している、去年でも半年前でもない、今の厳しさを教わった。あらためて、思った。 健全な事業経営の遂行のために、民間企業経営は、赤字もムダも、決して容認しない。ゆえに、不断の改善をたゆまず行い、不合理なる聖域のありようもない、ということだろう。 行政の企業努力も。 ��(イコール)とはならないにしても、せめて≒(二アリー)との評価を頂けるよう、さらに真剣に、さらに創意工夫を尽くし、油断することがあってはならない、と痛感した。 早速、自身の企業努力から、実践してまいりたい。 ��写真は、憲政の神様・尾崎咢堂の銅像。彼の見つめる先、を思う。)
終日、井上顧問に同行頂き、企業訪問を行なう。年末のお忙しい中を各社ともご対応頂き、感謝の1日。 夜は、地元で大変お世話になった方のお通夜に参列。いつものあの笑顔を、もう見ることはできないと思うと、悲嘆にくれた。 そして、その方のためにも、その方の分まで、がんばらねば、と強く決意し、感謝し、お別れをさせて頂いた。 帰宅後。 メールをチェックすると、県民相談が入っていた。まだ、1日は終わらない。 その方とコンタクトを取り、状況とご要望について確認を行なった。さっそく取りかかるべき明日の宿題、となる。 さて。 昨日から所用にて、家族が、家内の実家・高松に帰っているのだが、おかげで当方は、実に久しぶりの1人暮らし状態なのである。 で、お風呂にポチョンと浸かっていると、ちょっと物寂しいのである。 してみると、クタクタになって帰宅したとき、言うことも聞かず、うるさくてかなわない、あのやんちゃ坊主とおてんば娘が、実は私の疲れを癒してくれていたことに気づく。 なるほど、1人の時間は大事なのだ、と思う。普段、見えないことや気づかないことに、気づかせてくれるから。 1人の時間は、かけがいのない発見の、カギなのかもしれない。 そういえば、家内にも。思い出したかのように少し感謝しながら、床についた。 ��写真は、家の、カギ)
3連休は、県民相談が相次いだ。休み明けの今日は、朝から部局のハシゴとなる。 県マター事案の中でも、理事者との協議の枠を超え、あとは知事の政治決断、といわざるを得ない難問まであった。 なかなかタフな休み明け、となる。そして、夜。 先輩議員とともに、田窪先生を囲んで繊維筋痛症について学んだ。あまり聞きなれない、その病気は、原因不明の難病である。 9月の委員会で、野口委員と森髙委員がこの病気に触れられ、県下の現状と対策を質したところから、今日の会合につながった。 とにかく痛い、らしい。全身に耐え難い激痛が走り、ひどくなると自力での生活が困難になるほどに。 であるにもかかわらず、国からは、難病、つまり特定疾患に指定されていないため、医療保険も適用もされず、適切な治療も確立されていないのだそうだ。 まさに、陽の当たらない、大変な病気であるのだが、こうしている間にも、患者さんは放置され、苦しみがますます募る日々を送られているのだ。 一説によると、その数は、約200万人。��型肝炎に匹敵するほど多いのだそうだが、認知度は雲泥なのである。 そうした繊維筋痛症に詳しい田窪先生の話は、どこまでも続く。 そして、いわゆる難病に対するわが国の厚労行政の矛盾と不合理に対して、医療の現場からの鋭い指摘が、いくつもなされた。 先輩議員とともに、何とかしなければならない、と意を強くした。次回2月議会で、超党派で意見書を国に出そうということになった。 その上で。 本年、難病指定されたFOP、XPを始め、難病といえば公明党といわれる、その一員としても、強く真剣に、国に働きかけてまいりたいと思う。 新たな知己と知見を得、超党派で患者さんへの思いを馳せながら。私にとって、実に実り多い1日となった。 ��写真は、繊維筋痛症リーフレット資料) ��S余談ながら。 党派が違う、ある先輩議員いわく。私は、ウヨクでもサヨクでもない、ナカヨクだ、と。 特に、いわゆる弱者に関連する、福祉をテーマとする委員会では、ナカヨクが大事だ、と。思わず、なるほど、と。 目の前の県民お1人に対して、何とかせねばと同苦するとき、そこに党派は関係あろうはずもなく。そういう意味でのナカヨクは、まこと宜しき、だ。
にわかに。朝から、家内が忙しい。 予感は的中し、午後から子ども2人を任された。たまには子ども孝行せんか、ということらしい。 さいわい天気もよく、公園に連れて行け、と子らは言い。言うや否や、の手際よさ。 サッカーボールとバレーボール、ボールとグローブ、なわとびとオモチャ。って、オモチャはいらんやろ、と思うが、何しろ必要アイテムらしい。 結局、軽い遠足状態となってしまった。そして向かった先は、松山総合公園。 駐車場から、テクテク、テクテク、テクテク、テクテク。やっと頂上にたどり着いたと思いきや、そこからは、もう放し飼い状態。 子どもというのは疲れを知らないものだ、と、つくづく思う。 約2時間。 持参した遊び道具で、ひと通り遊んだし、こっちも疲れたし、さあ帰ろうか、というと、まだダメだ、という。もう、鬼である。 結局、気の済むまでつきあうことにした。子ども孝行というのは、ヘトヘトと、フラフラで、キツイものではある。 まわりを見渡すと、似たような家族連れがいっぱい。どのパパたちも、笑顔がヘラヘラと見えたのは私の目の錯覚か。 そういえば。 私が子どもの頃は、ちょうど日本の、高度成長期の真っ只中。父親と一緒に公園で、などという記憶は1度もない。 かといって、遊んでくれない父親をつまらなく思ったことも一度もない。むしろ、仕事に一途な父親を、心ひそかに、尊敬していた気がする。 たまに一緒に出かけたのは、会社の運動会とか、花見とか。家族で、というよりは、会社関連行事への連れ出しが多かった気がする。 そういう時代と、こういう時代と。 私たちの子ども時代と、子どもたちの今と、はたしてどちらが楽しいだろう。あるいは。 今の子どもたちに、ALWAYS三丁目の夕日、の世界はわかるだろうか。あの底流にある、日本の、温かさと愛しさを。 ふと、湧き起こったセンチメンタルを制しながら。 あと20年もすれば、この子らが日本を担う主役として躍り出てくるのだ。それまでに、父親として、社会の先輩として、手を抜くまいと、思う。 私が、父親の、いわばプロジェクトXの時代の先輩方に無条件で敬意を表するように、私たちの世代も、子どもたちが心打たれるような仕事をやり遂げなければならない。 なぜかならば、かの時代より何倍も、今が、難しい時代であると思うから。そして、その、今、を担う一人として、日本を次に引き継いでいく一人として。 心して、かからねば。 子どもたちに遊ばれながら、松山総合公園まで行って考えなくてもいいことを、考えさせられてしまった。
世間的にいうと、今日は、3連休の中日ということになる。そういえば、ほとんど電話もかかってこない。 皆さん、いかがお過ごしだろうか、と考えながら、この日の私は、せっせと事務処理と書類整理に励んだ。 特に、今週は出ずっぱりのスケジュールであったため、いろんなやりっ放しを一気に片づけて、気持ちもスッキリだ。 もちろん、片づけること自体は私の仕事ではない。問題は、今週の数々の出会いの中で頂いた、課題解決の続きである。 社会的引きこもりについて。えんむすびプロジェクトについて。ユニバーサル社会について。 課題解決、あるいは、その糸口の発見のために、私は何をなすべきか、を考えるために、それは何か、をもっと知らねば、と思った。 そして、以下4冊を並行して読み始めた。 「ひきこもりの社会学」(井出 草平著/世界思想社)「ひきこもりはなぜ「治る」のか?」(斎藤 環著/中央法規)「NPOという生き方」(島田 恒著/PHP新書)「ラッキーウーマン」(竹中ナミ著/飛島新社) 例えば、ナミねぇさんが麻紀ちゃんのために、医学と薬学を“片っ端から読み漁った”ように。万分の一かもしれないけれど、私も、県民・当事者の皆様のために、貪ろう、と思う。 お約束を果たすために。皆様のために私のなすべき、のために。 ��写真:スッキリと、整理整頓、マイデスク)