週初めの今日は、終日、政務。また、明日からの出張の準備と。 で、先日。 久々に読んだ1冊は、��教育3.0 誰が教育を再生するのか?」。 国語作文教育研究所所長の宮川俊彦氏と、ミスター文部省こと、寺脇 研氏との対談集。 その中に出てくる、あまりにも美しい、��ゆずり葉」という1篇の詩をもって所感に代えたい。 作者は、河合 酔茗(かわい すいめい)という明治の詩人。 その全文を、紹介したい。 『 子供たちよ。これはゆずり葉の木です。 このゆずり葉は新しい葉が出来ると入れ代わってふるい葉が落ちてしまうのです。 こんなに厚い葉こんなに大きい葉でも新しい葉が出来ると無造作に落ちる新しい葉にいのちをゆずってーー。 子供たちよ。お前たちは何をほしがらないでもすべてのものがお前たちにゆずられるのです。 太陽のめぐるかぎりゆずられるものは絶えません。 かがやける大都会もそっくりお前たちがゆずり受けるのです。読みきれないほどの書物もみんなお前たちの手に受け取るのです。 幸福なる子供たちよお前たちの手はまだ小さいけれどーー。世のお父さん、お母さんたちは何一つ持ってゆかない。 みんなお前たちにゆずってゆくためにいのちあるもの、よいもの、美しいものを、一生懸命に造っています。 今、お前たちは気が付かないけれどひとりでにいのちは延びる。鳥のようにうたい、花のように笑っている間に気が付いてきます。 そしたら子供たちよ。もう一度ゆずり葉の木の下に立ってゆずり葉を見るときが来るでしょう。 』 彼が永遠に留めんとした、溢れんばかりのこの国の未来への愛情を、 平成の私たちは、どれくらいの感情をもって受けとめることができるだろう。 教育が人を創り、人が国を創り、国が未来を創る、のだ。いくつもいくつも、ゆずり葉ゆずる、時間の中で。 政治の決定的重要性を、あらためて覚悟させられる、わが先達の、1詩であった。
終日、党務。性格の異なる会合種々、の1日。 その中で、IT研修について。 党本部より広報宣伝局スタッフ等を招いて、みっちりと、2時間強。 冒頭、メディアとしてのネットについて、 最新のマーケティングリサーチによるレビューがあった。 まずは全員の形式知を整える意味で、従来のメディアと比較した、ネットの特性を確認した。 発信情報が、マスではなくパーソナルであること。視聴態度が、受身ではなく能動的であること。 そして、社会に与える影響力が、相対的に増していること。 特に最後の部分は、私たちが最も押さえなければならない、今日のポイント、であったろう。 講師は、その実例として、ある地方選でのエピソードを挙げた。 無名の新人候補が、ほぼネットだけで有権者にアプローチし、中位で当選を果たしたという。 一方。次点で落選したのは、誰も予想しなかった大ベテラン。 旧来型の手法を完璧に遂行し、陣営の内外を問わず、手応えを感じた戦いの末の、意外な結末だったという。 このことが示唆する意味は、あまりにも大きい。 “最も強いものではなく、最も変化に適応できる種が生き残る。”と言ったのは、ダーウィン。 政治も、政治家も又、然り。国民の皆様の声に対して、きちんと適応できているのか、どうか。 ふと、そんなことを考えながら。 私たち公明党議員が日々行っている草の根の対話活動は、まさにその、適応努力に他ならないし、 ねじれた政治が次に踏み出すステージの第一歩は、国民の皆様への、善なる適応競争でなければならない、 と強く思った。それは決して、大衆迎合という紛らわしい偽者、ではなく。 さあ。来週、再来週と、スケジュールは目白押し。 世の中の変化についていけるよう、変化を起こせるよう、全力投球あるのみ、だ。 ��写真は、議員総会での発表シーン。)
快晴の、早朝。小鳥のさえずりをBGMに、久万高原町に向かう。 9:00、地元党員の皆様とともに、街頭遊説に出発。広大な地域を元気いっぱい、回らせて頂いた。 あまりの陽気に、Yシャツも汗ばむ。まだ午前というのに。 さて。本日は、2点、お訴えさせて頂いた。 私からは、いわゆる道路問題の、一連の経緯と浮かび上がった課題について。 党員の皆様からは、長寿医療制度について。 分担しながら、それぞれに対する公明党の取り組みを、お話をさせて頂いた。 目の前には、水を張って広がる田園。しかも今日は、絶好の田植え日和とあって。 お手を振ってくださる方がいつも以上に多く感じられ、大変有難く、心強かった。 お昼過ぎまで回りに回った後、1軒の支持者宅を訪ねた。伺えば、最近の政治に怒りを覚えてならない、とのこと。 お訪ねすると、ご夫婦は、ちょうど田植えの真っ最中であった。 私は畦道を進みながら、お久しぶりです、と、まずはご主人と対話を進めさせて頂いた。 次いで、奥様と。ゆっくりと、じっくりと。 長寿医療保険は、国保に加えて負担するものと思っていた、との誤解が1つ解けたし、 ご自身の保険料を知らない、ということに関しては、お話を伺った範囲では下がっている可能性が高いです、まずはご確認をと、ご案内させて頂くこともできた。 そういう意味では、新制度の説明不足をあらためて実感するのだが、 庶民の本音は、もう一重深いところにあることも、同時に痛感するのである。 もう一重深い、その根っこにある本音は、政治不信。もはや言うまでもない、現在究極の政治課題、だ。 ご夫妻の怒りは。 そこにもっと斬り込んでほしい、との期待の裏返しであり。かえって私のほうが、大いに励まされるのであった。 久万高原町の遊説を終え、市内に戻ると、夜は、支持者座談会に駆けつけさせて頂いた。 昨日も今日も、昼も夜も、お会いして、お会いして、対話の毎日。 それは、私にとって。 必ず、この皆様の声で国を動かせてみせる、との闘志が沸々とたぎる、前傾姿勢の毎日闘争である。 ��写真は、党員の皆様との遊説風景。 本日も大変お世話になり、ありがとうございました。)
夜、支持者座談会に伺う。 週末のお忙しい中を、今日もたくさんの方がお集まりくださった。 連日、似たような、とお感じになられるかもしれないが、明日も続くゆえ、予めお許し頂きたく。 今日は、事前のご要望により、長寿医療制度に関する公明党の考え方と取り組みについて約30分、ということであった。 私は、本ブログで何度も綴ってきたことに加え、今後の改善の見通しを交えたお話をさせて頂いた。 当たり前だが、どの皆様の目も、真剣だ。生活に直結した、自分ごとだから、である。 1mgの重さは体重計では量れない、とすれば。 生活者にとっての1000円の負担の重さを感じるために、政治家には常に、この、自分ごと、というセンサーが必要だ。 質疑では、いつも様々なご指摘を頂くが、今日、私の心に突き刺さったのは、次の叫びである。 “まだ、大本営のように感じる。本当に、私たちが信じられる公明党であってほしい。” 柔和な口調にして、魂を揺さぶられるような、痛烈。支持者の思いを代弁する叫びであるに、違いない。 自身の非力と限界を感じながらも、今、私にできることは、皆様の叫びを、心に刻んで刻んで刻みつけておくことだ。 対話の始終、私の中にあったのは、その思いだけであった。 終了後。 有志から、個別のご要望をお受けしたり、激励を頂きながら、気づくと、座談会第二部の様相を呈しており。 会場にご迷惑にならないよう散会を急ぎながらも、 “ゆっくり話ができて良かった”、“話したらスッキリしたわ”、 とのひと言ひと言が心に染みて、救われる思いがするのであった。 どこまでも政治は、対話に始まり対話に終わる、いや、対話に終わりなし、ということを忘れまい、と思う。 ��写真は、ただ今、田植えシーズン真っ盛り、の久万高原町。)
不覚にも、風邪を引いたか。子どものが移ったか。 朝、起きると、かすれ声しか出ない。結局、病院にて注射と点滴を打ってもらい、静養。 と、思いきや週末の会合を思い出し、バタバタと資料作成に励む。 そして、夜。市内の支持者座談会に駆けつけた。 それは、私にとっては、連日だったり毎月だったりだが、皆様からすると、当選後初めて、というケースが殆どだ。 したがって、いつも。 話の切り出しは、ご無沙汰のお詫びから始まるのだが、おかげさまで、どちらの会場でも歓迎を頂き。 支持者の皆様ほど有難いものはない、ということを、毎回実感するのである。 今日もまた。会場は大変明るく温かく、家族のように和やかで。 そういう空気に包まれながら、現在までの、わが党と私自身の取り組みのご報告を行なった。 約30分。 真剣に耳を傾けてくださる、その真心を有難く感じるし、ご期待をお寄せくださる皆様に心から感謝申し上げたい、と思う。 さて、その終了後のこと。 座談会に久々に参加したという壮年の方から、お声がけを頂いた。 “話聴きよったけど、あんた、腰が低いわい。それ、忘れんことよ。1年生やけど、期待しとるで。”と。 もう、 ありがとうございます、絶対に忘れません、である。もし忘れそうになったら遠慮なくお叱りください、なのである。 照れくさそうなその壮年の方に、感謝を述べながら。久しぶりに再会した皆様お1人お1人をお見送りしながら。 有難い皆様のご期待にお応えできるよう、1年生として謙虚に、一方では貪欲に研鑽を積み、 自身の行動と成果に代えてまいりたい、と、今日も、深く、決意させて頂いた。 風邪を引いてる場合では、ない。 ��写真は、昨年2月のご挨拶の1コマ。初心忘るべからずだ。)