まだ、6時前。最近、目覚めるのが早くなった気が、する。 ひと通り準備を整え、ホテルを出発。会場への道中、24時間ファミレスにて朝食をとった。 日曜日の7時台だが、客席は、まばらに埋まっていた。若者もいたが、3組の高齢者グループには、頭が謎めく。 と、そんな場合ではない。どんな場合かというと。 このあと開催される、年に1度の、公明党四国夏季議員研修会の中で、 四国各県から1題づつ活動報告があるのだが、愛媛県を代表して、お前やれ、と出番を頂戴したのである。 しかも、目先の変わったのを頼むね、のオマケつき、だ。 頼まれればイヤとはいえない、というより、何事もこれは訓練、と思ってしまう私としては、 合点承知の助、とばかり、この間、密かに推敲を重ねてきたのであった。 が、昨日はお付き合いもあり、リハーサルがまったくできておらず、 やおら、ファミレスで、時計を外して、スピーチを小声でヒソヒソやっては赤を入れ、 制限時間5分の話の流れを頭に入れていた、という場合だったのである。 大体いいだろう、と、お勘定を済ませ、会場へ移動すると、まず、設備を確認した。 あるべきものがなかったりもしたが、そういうこともあろうかと機材を持参して正解だったし、 早めに到着したから、あちこち走り回ることもでき、ホテル側のご協力にも助けられて、スタンバイ完了、である。 と、続々、四国各県からの参加者が会場に詰め掛け、定刻11:00に研修会はスタートした。 四国選出の、石田のりとし衆院議員、山本ひろし参院議員、の姿も見える。 党本部からは、北側幹事長も駆けつけられた。 今日は、この後、大阪、東京と、3つの会合をかけもち、なのだそうだ。なんという過密スケジュール、だろう。 わずか2時間足らずの滞在時間だったが、次期衆院選大勝利への決意と気迫を激烈に語られ、 許される時間のほとんどを、参加議員各位からの質問・要望に充て、丁寧に応えられていた。 その他の詳細は割愛させて頂くが、 年に1度の、そして私にとって2度目の、この夏季研修会は、まさに議員としての成長を刻む“節”であろう。 昨年は、太田代表が来られた。そのときのスピーチが忘れられない。 議員は庶民の手足となって働き抜いていこう、私は、地方議員の皆様の手足となって戦う、と。 あれ以来、念頭から離れることがない、これが“節”と思った。今日の北側幹事長の話もまた、“節”となっていくに違いない。 会合全体を通して、目標も明確、エネルギーも満タン、となった。 さあ、やらんかな。振り向くと、どの顔も、そう書いてあった。 ところで。自身の活動報告の結果を、綴りそびれてしまった。 が、 思った以上の稚拙と未熟に身の縮む思い、であり、綴るのも憚られる、というのが実際のところ。 かろうじて評価を頂けるとしたら、それは、制限時間に忠実、というルール遵守の点においてのみ、だったろう。 それもまた、人生の“節”として刻めるよう、新たな精進を、今日より開始したい、と思う。 ��写真は、私の活動報告風景。)
快晴の午前、市内和気町にて開催された、 松山港海岸(和気・堀江)整備工事完成式、に出席。 低地帯に住宅が密集する同地区周辺は、台風シーズンが来るたびに越波被害を受けており、 かつ、年々、海岸線が後退する傾向にあって、海岸の防護機能が低下していた、のである。 高潮対策が急務であったところ、2000年度に国の直轄事業として認められ、 2002年度の工事着手から8年、このほど完成、引渡しとなったのである。 それにしても、見事な白砂青松。 高潮の防護を目的としながらも、地域の前庭的な渚を目指した、 というだけあって、実に素晴らしい景観、だ。 総工費、約50億円。 その投資に対するリターンは住民の大いなる知恵で、とは、ある来賓のご挨拶。 スピーチ全体は、さすがを思わせたが、そこだけは、違和感を感じてしまった。 今回の海岸整備は、まさに、公共財としての資源配分。 つまり、ビジネスではできない役割を担ったものであり、 防護人口4,000人の生命と財産の保全を、1人あたり125万円かけて整備した、ということであろう。 リターンの話は、この場面ではなく、その125万円が妥当なのかどうか、 直轄事業認定前にすべき議論であって、当然、クリアしていると思うのだが。 ともあれ、 本当に素晴らしい海岸が、できた。晴れ渡る空、流れる雲、寄せる波音、そして、夏。 カップルで、ご家族づれで、ぜひ1人でも多くの皆様にお越し頂ければと思う。 午後は、県民相談。 山本ひろし参議院議員とともに、松前町・砥部町を訪れる。 それぞれの方のご要望を、丁寧に伺いながら、励ましながら、 誠実に対話を続ける山本議員の隣で、その、メモの取り方までも、私は注視し続けた。 ははぁ、 と気づかされることが多々あったが、これは企業秘密、というより、気恥ずかしいだけである。 生きた勉強、を、心から有難い、と思う。 県民相談の内容はいずれも、私にとって後日の宿題となった。勉強が生きるように、取り組んでまいりたい。 終了後は、その足で、高知へ移動となる。明日開催の、公明党四国夏季議員研修会準備のため、だ。 道中。 新人の訓練として、先輩から与えられた明日の大役を、ちゃんと果たせるか、大丈夫か、と早くも緊張してきた。 この緊張もまた、訓練、ということだ。 人生、一生、訓練。ふと、そんな自分向けの、ナイスなコピーが浮かんだ。 ��写真は、松山港海岸整備工事完成式の、くす玉開披の瞬間。)
見出しは、低調だった県立高再編議論―――。 今朝の地元紙は、そのように、6月県議会を振り返った。 記事によれば。 『 今議会は、定例会が年4回になった1956年以降、初めて支出予算案がなく、 県立学校再編は最大のテーマになるとみられた。 』 私も、である。そこで、 『 県民の声を代弁する議員がどう反応するか注目されたが、 議論は低調で議会の存在感を十分には発揮できなかった。 ・・・物足りなさは否めなかった。 』 とし、県議会の一員としては忸怩たる思いがしたが、 『 文教警察委員会ではやや活発で、木村誉氏(公明・新政クラブ)が、 「地域では今後への不安や、やるかたない感情が広がっている。 住民や当事者の声から出発しないと取り返しがつかないことになる」 と警告し、自民や民主の委員からも配慮を求める声が上がった。 』 というくだりには、思わず、低調とする評価に一矢報いた感を覚えた。 ここで私が、理事者に問うたのは、当事者に対する誠意、であった。 それぞれの地域で、どんな方々から、どのような意見を伺い、どういうルートで把握し、どのように受け止めたのか、と。 記事は、書く。 『 県教委は、計画案は再編対象校の校長や関係市町教委の意見を 参考に取りまとめており、当事者の意見をある程度反映したものだとして 理解を求めた。 』 とても残念、だった。 ので、つい、まくし立てるように述べさせて頂いた。 たくさんある選択肢が1つ減るのと、1つしかない選択肢がゼロになるのとは、全然、意味が異なる。 10年前に比べて、中学校卒業者数が約4割減という状況を、それぞれの地域は、どのように受けとめ、何を合意するのか。 もし、1つしかないわが地域の高校をどうしても残したい、様々な意見を集約した結果、それが、地域の総意とする。 そしたら、何としても生徒数を確保せないかん、そしたら、ここで食べていけるだけの経済活力が問題となる、 裏づけとなる経済の再生が必要だが、与件は厳しい、が、例えば、わが地域の主力産業は林業だから、 5年計画で何か新しい取り組みを開始しよう、行政と組んで何かできないか、民間で新規プロジェクトを立ち上げられないか、 そうした人材を全国から集めよう、それなら高校にも、森のマイスター養成科を新設してはどうだろう、 地産地消ならぬ、人材の、地産地育でいこう、そのために県にも、国にも協力をしてもらおう、 というふうに。 当事者、地域の思いから出発すると、そこに自立と主体が生まれ、それは試行錯誤を通して巨大なエネルギーとなり、知恵を集め、 やがて、地域改革へとつながっていく、と私は思っている。 大事なことは、当事者との合意形成、だ。統廃合は、その結果であろう。 記事は、次のように締めくくる。 『 「8月の最終決定までに県民の意見、要望の把握に努める」 との県教委の答弁が実を伴うものになるかどうか、 県議会は住民の立場からしっかりチェックしていく必要がある。 』 その通り、なのである。
6/24開会した第307回定例会、いわゆる6月議会が、本日、閉会となった。 補正予算を組まない6月議会は、52年ぶりという。 このことが何を物語るかというと、 私が生まれる遥か前から、当たり前のようにやってきたことが、 もはや当たり前にできなくなった、ということである。 ある人は、これを異常事態といい、ある人は、財政事情を考えれば当然という。 どちらも正しいに違いない。 しかし、だからといって、論戦を低調に終わらせてはならないのであって。 ちなみに、今議会開会前と初日に、私は次のように綴った。 ��県政チェック機能としての、今議会の質問戦は、各会派・議員諸氏が、どの分野にどのように踏み込むか、 そして、各種委員会では、議員個々人が、所管事項の何を取り上げ、どう切り込むか、 まさに、日頃の政務活動の視点と中身が問われそうで、大いに注目したいし、私も万全で臨ませて頂きたい」、と。 総括は、明日の地元紙に譲りたいと思う。 午後、北方領土返還要求愛媛県民会議、の第32回定期総会及び記念講演に出席した。 同会議は、文字通り、北方領土返還を目的として、 その促進のための啓発事業を行う民間団体で、全都道府県に設置されている。 定期総会にて議案審議を粛々と終えた後、袴田茂樹教授(青山学院大学)による記念講演が開催された。 タイトルは、「ロシアにおける2頭政権と日ロ関係」。 非常に興味深い内容だったが、私は極めて重要な示唆を、1つ、得た。 それは、ロシアに関する知見がほとんどない、こと。 北方領土は日本固有の領土である、それくらいは知っている。 が、 その根拠となる歴史的事実や背景を述べよ、とかソ連時代からの日ロ交渉の経緯を説明せよ、 とかいわれると、 お手上げであって、ダメじゃないか、と先ほどの感想が頭から離れないのである。 考えてみると、この問題。北朝鮮による拉致問題に似ている。 いずれも。 国家主権に関わる重大な問題であること、なのに、誤解と偏見がかって、なかなか理解が進んでいないし、 国民がシンパシーを共有するまでに至っていない、言い換えると、その関心の低さ、において。 幸いにして私は、拉致議連という、場、の触発により、拉致問題の本質に触れることができた。 ブログにも綴ってきた通り、これからも闘い続ける決意だ。 一方、この北方領土返還問題については、たくさんの資料とともに、大きな宿題を持ち帰ることとなった。 北方領土返還のために、私がなすべきことは何か。的確な判断と実践のために、しっかり研鑽を積んでまいりたい。 ロシア問題の権威といわれる袴田教授の主張から、その不倶戴天の敵といわれる佐藤優氏の主張まで。 ロシアのことを、もっと知らねばならない。 日本に身を置く、1人の政治家としても。ロシアと縁の深い松山に身を置く、1人の市民としても。 痛感するのみ、であった。 ��写真は、青山学院大学・袴田教授の記念講演風景。)
スゴイ中小企業が、ある。 売上高20億円あまりの町工場にして、利益率40%で、借入金ゼロ。 その会社は、株式会社 エーワン精密。 工作機械用の、金属部品の製造販売、の会社である。 日経ベンチャー(2008年6月号)を読んで、思わず唸った。 同社の創業者であり現在は相談役である、梅原勝彦氏の、中小企業家魂ともいうべき、その経営スピリットと実践に、だ。 それは、そうだ。あの日本電産を率いる永守社長が、脱帽するほどなのだから。 同社の経常利益率は、創業以来37年間の平均で、41.5%。粗利じゃなく、経常です、よ。 どうしてそのような高収益を続けられるのか、と聞く記者に対し、中小企業として利益に執着しているから、と梅原氏は答える。 20数ページにわたる、その秘密を読んでいると、それがケタ外れの執念であることが、わかる。 とはいえ。 儲かるなら何でもやる、とか、ボッタクリ、とかでは決して、ない。人件費を切り詰めたり、人材の使い捨てなどの理不尽も、なく。 第一、そうだとすれば、創業以来37年も、高収益を続けることはできないだろう。 そこには、確固たる梅原氏の中小企業経営哲学があり、十分な顧客満足に支えられている証左、が読み解ける。 梅原氏の経営は、ひと言でいうなら、非常にシンプル。コスト管理にせよ、人事管理、時間管理にせよ、殆どムダがない。 この、シンプル、即ち、簡単さは、あらゆる中小企業の参考になりそうだが、詳細は本誌に譲りたい。 私が綴るのは別の部分である。電通鬼十則、である。 それは。 経営のすべてがここにある、として、オフィスの壁に貼り出してまで心酔する、梅原氏のバイブル、なのであった。 おーー、だ。 電通ならずとも、広告業界に在籍する者が最初に必ず叩き込まれるもの、それが、この、電通鬼十則なのである。 無論、私も、当時そうであった。 が、全然、畑の違う、機械部品製造業にまで、ということは、この鬼は、ビジネスを問わず普遍的に通用するに違いない、のだ。 ならば、というわけで、ご紹介したい。 電通中興の祖といわれる、第4代・吉田秀雄社長が1951年に作られた、��電通鬼十則」。 1 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきではない。2 仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。3 大きな仕事と取組め! 小さな仕事は己を小さくする。4 難しい仕事を狙え! そして成し遂げるところに進歩がある。5 取組んだら放すな! 殺されても放すな! 目的を完遂するまでは...6 周囲を引きずり回せ! 引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地の開きができる。7 計画を持て! 長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。8 自信を持て! 自信が無いから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚みすらがない。9 頭は常に全回転、八方に気を配って、一部の隙もあってはならぬ! サービスとはそのようなものだ。10 摩擦を怖れるな! 摩擦は進歩の母、積極の肥料だ。でないと君は卑屈未練になる。 ぜひ皆様にご参考になれば、と願うとともに。 つねづね。 行政は公共サービス業、であり、議員は生活プロデューサー、と、確信してやまない私は、 ひょんなことで目に飛び込んできた、この電通鬼十則に。 自身の仕事に置き換えて、あの頃の気持ちにダブらせて、 さあ、やるぞ、やらいでか、と思わず、激しく、心を奮い立たされたのであった。