目覚めると既に、ジリジリ、暑い。 そろそろ、渇水が気になってきた。 ここは天気予報が外れてもいいから、ひと雨欲しい、と思うこの頃の朝、である。 ��M9:20、公明党愛媛県本部にて、山本ひろし参院議員と、合流。 昨日に引き続き、漁業関係者との懇談のため、市内の三津浜へと向かった。 雲峰松山市議と現地合流し、集会場に到着すると、想定外の、満員御礼熱気ムンムン状態、であった。 既に、地元漁業家の50名近い皆様が着座されており、雰囲気は、どちらかというと、迎え撃つ、といった感じであった。 そのお気持ちを、そして、これからお伺いすることを、真正面から真剣に受けとめよう、と、腹が決まった。 冒頭、中心者の方の趣旨説明があり、山本ひろし参院議員の挨拶から、懇談会は始まった。 その挨拶が終わるや否や、原油高騰による、漁業家の皆様の悲鳴が、飛び交った。 漁の必需品である燃油が、3年前に比べて2.3倍、今年に入ってからでも1.4倍に急騰しており、 出漁するたびに赤字を出すような状況は、個人や組合の努力の範疇を、とうに超えている。 そればかりではない。 船やエンジンなどの漁具は、ここ10年で約3倍に値上がりしており、 買い替えようにも、買うお金がなく、借りようにも、金利を考慮すると手が出せない。 結局、身動きがとれないのだ、と。 まだ、ある。 現在の魚価形成システム、特に、仲買人制度は至急改善せよ、 昨年の私たちの平均年収はこれくらいだが、介護費用を差っ引くと、収支はゼロかマイナスだ、 漁師を辞めても、この年でできる仕事はない、あれば、皆、とっくに辞めている、 それでなくとも漁業後継者問題が深刻なのに、このような状況が続けば、若者は完全に、漁業への興味を失うだろう、 と、まだまだ、そして更に、続くのであった。 時に、国に対する怒号も飛び交いながら。 そうした、皆様の赤裸々なご意見に対して。 私たちを代表して、山本ひろし参院議員が、一問一答のカタチで、丁寧に、対話を運ぶ。 とりわけ、先日、政府から発表されたばかりの、燃油高騰水産業緊急対策案についてのご説明時に、 会場が一瞬静まり返ったように感じたのは、私の気のせいだったか。 私たち公明党は、 原油高騰が顕著になった昨年末以来、6月までに、5回にわたり、緊急対策を申し入れ続けてきた。 3,000名を超える私たち地方議員はもちろん、太田代表をはじめ、今日の山本ひろし参院議員のように、 国会議員も一体となって、各地の漁業家の皆様のもとに足を運び、 その時々に必要な、具体的なご要望をお伺いしては、緊急対策としてまとめ、 それを5回にわたり、総理と政府に対して、申し入れを行い続けてきたのであった。 実現した一番最初は、昨年末の、福祉灯油だった。 そして、今回の対策案は。 5人以上の漁業者グループが、燃油使用量を1 0 %以上削減する実証事業に取り組む場合、燃油費の増加分の最大9割が国から補填される事業のほか、 省エネ機器導入や操業時の無利子融資の拡充と新設、漁業の実情に合わせた休漁・減船対策の支援、 流通の多様化などによる漁業者の手取りの確保、など予算総額745億円の、大規模総合対策、となった。 もちろん、これで、漁業家の窮状が、一気に解決するわけではないけれど。 少なくとも、ビジネスとして、業界として、競争する以前の激変環境の整備は、政治の役割であるべきだ。 そうした思いから、今後の取り組みについて、私からも、ひとこと申し上げさせて頂いた。 やはり、生活現場主義に勝る政治は、ない、と思う。 漁業家の窮状を、データで見るのと、直接ふれあい、対話する中で感じることは、別物、なのだ。 そして、出発点が異なれば、実行される政策もまた、別物となるであろう。 生活者起点をゆめ忘れまい、と心に誓った。 それにしても、昨日の、戸島の皆様といい、今日の、三津浜の皆様といい。 懇談を終えて、真っ黒に日焼けした、皆様の笑顔に見送られながら。 思わず、同志のように熱い絆を感じてしまうのは、海の男たちの気っ風、のなせるワザであったろうか。 忘れられない、昨日と今日、となった。 ��写真左から、ちょっぴり失念して失笑を買う私、山本参院議員、雲峰松山市議。)
今日も、酷暑の1日となりそうな、南予視察、2日目。 腹ごしらえを済ませると、早速、行動開始、だ。 AM9:30。 笹岡県代表、松本宇和島市議とともに、南予地方局を訪問し、 昨日の視察内容に関する要望申し入れと、打ち合わせを行った。 その後、一行は、愛南町へと向かった。 南予は広い、愛媛は広いぞ、と。 早めに昼食を済ませ、道の駅みしょうMICにて、山本ひろし参院議員、田口愛南町議と合流すると、次は、 本年4月に立ち上がった、愛媛大学南予水産研究センターへと、車を走らせる。 運転手は、昨日に引き続き私の役目ですが何か、 と、心で1人ツッコミ入れながら到着したのは、旧の、西海町庁舎だった。 中田県議のお膝元もお膝元、ご自宅前である。敬意を表しながら、庁舎内にお邪魔をすると。 かつての町長室が、町議会議場が、議員控室が、名残を残しながらも見事に、研究室に衣替えしていた。 その、たくましい有効活用ぶりに、思わず、驚く。 一行は早速。 水産学博士である愛媛大学の三浦猛教授と、愛南町西海支所の皆様に、施設内のご案内を頂いた。 従来の水産学に、環境科学と社会科学の領域を加えた、新たな水産学の構築と、 その研究成果を、自治体や水産関係団体などとの連携で、南予地域の活性化と水産業発展に繋げ、世界に発信していく、 というのが、同センターのミッションである。 所感についてはいろいろあるが、心から大いに期待したい、として、 まずは、本日の全工程を綴りたい。長いけれど。 その次に向かったのは、県立南宇和病院。 お話をお伺いしたのは、風谷病院長、西河事務局長のお2方。 終始、深刻な面持ちで、 地方の地方、の深刻な医療実態を、データを示しながら述べられた。 地域の基幹病院でありながら、と、風谷病院長は、語られた。 本年度における、泌尿器科、麻酔科、脳神経外科、耳鼻咽喉科の人員配置は、ゼロ、という現状に対して、 他の病院に協力を頂き、曜日ごとの医師派遣等で、何とか対応している。 が、他の診療科についても、 医療の高度化と短期化が求められる状況にあっては、本来さらなる増員が必要なところを、 スタッフ1人1人の、高い志によって、ギリギリの労働負荷を背負いながら凌いでいる、 のであり、このままいくと、早晩、限界を超える、と。 抜本的な医療政策の実現に向けて。 山本ひろし参院議員を先頭に、スピード感を持って取り組んでまいりたい、と思う。 ここで、山本議員と別れ、私たち一行は、三浦半島の西北に浮かぶ、戸島を訪ねた。 急傾斜地の視察と、漁業関係者との対話が目的であった。 矢が浜から、地元の上杉さんの漁船に乗り込んだ。海は凪ぎ、夕方が迫ろうとしていた。 到着後すぐ、自治会長のご案内で視察を行い、小内浦地区の集会場へ移動した。 いわゆる地元の漁師さんが、たくさん待っておられた。有難かった。 そして、目下の原油高騰問題をはじめ様々、地域漁業の現状について、悲鳴にも似たお声を伺った。 紙面も尽き、この件については、後日、あらためて綴りたいと思う。 それにしても、よく走ったし、暑くて濃い、2日間であった。 教育、医療、経済、交通、の各分野における、南予地域の実態を、心と肌で感じた、視察であった。 そして。 私たち議員の仕事は、ここからなのだ、 ということを、深く決意させて頂いた、南予の皆様との出会いに、 心より感謝申し上げたい、と思う。 ��写真は、愛媛大学南予水産研究センターで挨拶を行う、山本ひろし参院議員、と私たち。)
今日明日と、南予視察。 工程を考えると、体力勝負、と見た。 朝、笹岡公明党県代表とともに、県本部を出発。 まずは、宇和島市役所へ向かったが、スイスイと、2時間強で到着。 その途中、いたる所で。 これでもか、とばかり目についたのが、次期衆院選に向けた、各陣営のポスターである。 戦いは、すでに始まっているな、と、思わず緊張感が走ったのは、職業柄、か。 さて、市庁舎にて、松本宇和島市議と合流し、簡単な打合せの後、 ご案内を頂く地元の方とともに、県道4号線、いわゆる、津島宿毛線の視察に、出発。 南予と高知を結ぶルートの内、国道56号線をメインとすると、サブルートがこちら。 国道被災時の、同地域のライフラインルートの1つ、だ。 津島町から岩松川沿いに進み、途中、祓川温泉でお話を伺いながら、 ひと風呂浴びたがったけれど素通りし、県境を越え、宿毛市に入ったのだが。 そこを、実際にハンドルを握り、走ってみて、あるいは、ご要望の現場に立ってみて。 過去の出来事も含めた詳細情報を、現地の方から1つ1つお伺いし、思ったことは、 やはり、政治は生活現場主義でなければならないし、 どこまでも、知恵は、机上ではなく現場にある、ということだった。 ちなみに、車を走らせながら、私は、ふと、そこに県境があることに、違和感を覚えた。 その昔。 この地域は1つの生活圏だったに違いないと思うし、訊ねると、今でも実態はそうだ、といわれる。 その話の延長で、小中一貫教育の学校へも足を延ばした。 知る人ぞ知る、日本一長い校名の、学校だ。 その名は、��高知県宿毛市愛媛県南宇和郡愛南町篠山小中学校組合立篠山小学校」、��高知県宿毛市愛媛県南宇和郡愛南町篠山小中学校組合立篠山中学校」。��ご参照⇒ http://sasayama-e.esnet.ed.jp/ ) 児童生徒数は、小学校20名、中学校16名。 ノーアポで恐縮だったが、聞きなれない“組合立”という、県境ならではの学校運営について、上田校長からお話を伺った。 やはり、この地域は1つであることが自然だし、四国州になる際は、その昔の生活圏に形成し直すべき、と思った。 さて、そこから県道332号線をひたすらクネクネと走り、広見篠山林道で人知れず高所恐怖症を味わいながら、 横吹渓谷を通って、無事、起点の津島町へ帰還。夜の会合のため、そのまま急ぎ足で宇和島市へ。 いくつもの気づきと知見を得た、南予の生活現場、視察であった。 同行の皆様に、道々でお話をお伺いした皆様に、心より感謝、である。 なお。 すべて終えてホテルに着く頃。 メーターを見ると、走行距離は330kmを超えていた。 朝、予感した通り、体力勝負、の1日であった。ふぅ~。 ��写真:篠山小学校にて。左から笹岡県代表・私・松本宇和島市議。)
午前、弔問参列。 午後は、松前町にて松本ひふみ町議とともに、企業訪問と街頭遊説。 とある社長との対話が、心に残った。 若き日、ご商売を立ち上げた当時の、ご夫婦二人三脚のご苦労話、だ。 ご主人は、来る日も来る日も、朝から晩まで、飛び込んで飛び込みまくる、ドブ板営業の毎日。 しかし、なかなか成果は、上がらない。断られ続け、しょげた顔で帰宅する毎日が続いた。 が、どんなときでも奥様は、ニッコリと、今日もご苦労様、と笑顔で迎えてくれたという。 そして、有難くも受注を頂いた仕事には、例えそれが、どんな小さな仕事であっても、 お釣りがくるほどの熱意で、クライアントにお応えてしてきた、という。 その信頼が信頼を呼び、評判が評判を生み、おかげさまで現在に至った、のだそうだ。 来し方を振り返り、社長は、いう。 今、こうして会社も大きくなり、不景気といわれる中、仕事を頂けるのは、 一番苦しかった創業期に、愚痴も不満も不安も漏らさず、 いつも自分を信じ、励まし続けてくれた、家内のおかげですね、 と、笑顔で語ってくれた。 奥様の、信念の強さと、家内のおかげと言える、社長の人格に。 お2人だからこそ、乗り越え、成し得た事業なのだ、と、深く、心を打たれた。 そして、自分ごとに置き換えると、 私たち夫婦は、まだまだ修行が足らないな、と、その未熟を思った。 また、次に訪れた経営者からは、 原油高騰によるコスト高の影響を最小限に抑え、利益を創出されんとする、血のにじむ経営努力の一端を、お聞かせ頂いた。 例えば、先日の話。 社員全員に対して、上期の売上・原価の推移を示しながら、 夏のボーナスの原資はこれだけしかないこと、したがって、支給額を引き下げざるをえないこと、 しかしながらこの局面を乗り越え、業績を回復させれば、その分を取り戻せるし、必ず取り戻そう、 ということを率直に誠実に訴えた、という。そして、不服をいう社員は1人もなかった、と。 感動のドラマ、だし、こうした中小企業によって日本経済は支えられているのだ、 とあらためて、その支援に全力を、と思った。 また、別の経営者からは、建設業の不振による、連鎖不振のお話があり、 行政の効率化と官製不況の分岐点の微妙に、由々しさを痛感せずにはいられなかった。 つくづく。 現場に足を運び、さまざまな分野の経営者から直接伺うお話は、 まさに、生きた経済学、であり、肌で感じる、実質経済、と思う。 今日の手応えからも、地方の中小企業は、明らかにマイナス成長、である。 そうした局面の今、増税などありえない話だし、国がなすべきは、 どうすれば、日本経済は成長できるのか、という、その1点に尽きるのではないか、と思う。 あらゆるムダの削減・廃止、つまり、構造改革は、そのための必要条件であり、 日本経済の実質的成長こそは、 社会保障費の受益負担バランス、つまり財源創出にとって、前提条件、なのだ。 と、経営者との対話に、思った。 そして私自身。彼らに負けない、血のにじむ努力を、と誓った1日となった。
午後、南署表敬の後、党務。