午前、県民相談。午後、松山市内にて政治学習会。 支持者の皆様と車座になって、忌憚なく語り合うことができ、 心より、感謝申し上げたい。 その中で、特に痛感させられたのは、高齢者をとりまく生活環境、について。 ややもすると。政治は、財政寄りになりがちだが、 それは絶対にダメ!ということを、 生活者寄りでもダメで、生活者起点でなければダメ!ということを、 あらためて教えて頂いたのであった。 頂いた皆様のお気持ちを。 国にも伝え、県にも共有し、体現できるよう、自身を戒めてまいりたい、と決意する。
午前午後にわたり、文教警察委員会。 さっそく、まず。 学校へのケータイ持ち込みについて、愛媛県の実態を、質した。 公立校については、小学校88%、中学校97%、高校71%、 の学校が持ち込みを禁止し、校内での使用を認めていない、 ということが判明した。 ここから議論が白熱するのだが、詳細は明日の地元紙に譲るとして。 とある方のとある発言に、深く期するところを覚えた。 それが、今日の私のエポック、となる。要は、力をつけろ、である。
日中、部局折衝。 県民相談の1つ1つに足を運ばせて頂き、お伺いした県民の皆様からのご要望を、 最終的にカタチにされるのは、 訪ねたそれぞれの部局の、それぞれの職員各位、だ。 財政難の中、あるものは、知恵と体と時間、 だとすれば、 その全部を出し切って、ともに汗をかいて、県民の皆様にお応えしてまいりましょう、 と、フロアをまたぎ、折衝を重ねる1日となった。
日中、党務にて今治市へ。夜、政務。 来週の文教警察委員会にむけて、 学校へのケータイ持ち込み問題について調べていると、 その本質は、 サイバー・ネットワーク社会を前提とした、私たち大人の情報リテラシーにあり、 との仮説が浮かび上がる。 ちなみに。 あたった文献のほうは約300ページだが、ネットで検索していくと、まさにエンドレス。 時間ばかりが、過ぎていく。 光陰矢のごとし。ゆえに、情報海のごとし、の今を。 誤たず価値的に歩んでいける賢さを、個人も社会も身につけねばならない、と痛感した。
午前、高松市へ。 香川県立ミュージアムで開催中の、大三国志展を、鑑賞。 今から約1800年前、わが国でいえば、卑弥呼の時代に。 魏・呉・蜀の3国が覇権を争った、 その、まさに足あとが、ずらり、というより、ずしり、と並んでいた。 中国の国家一級文物53点を含む、全部で180点の宝物は、 時空を超えて悠久のロマンへと、私を駆り立てた。 特に、五丈原。 死せる孔明、生ける仲達を走らす、で有名な、あの戦を、 精緻なジオラマにより再現した、ナレーションと映像の演出には、 しばし、立ちつくすのみであった。 そのとき、孔明の胸中に去来したものは、何であったか。 三国志は私の愛読書、であれば、長くなるのでこの辺で留めるが、 同著の、 明鏡は形を照らす所以、古事は今を知る所以、という一節を、今の立場でかみしめたい、と思う。 その後、企業訪問、旧知旧友各位との再会など。 少しづつ、しかし、確実に。 世の中も人も変化していることに、気づかされながら、一方で。 感傷にひたるべからず、前へススメ、 と戒め、戒めあう、友との語らいに、時は待たず、夜は更けていった。