ロス市内のホテルにて、AM11:00。 県人会・現地関係者約200名、訪問団約100名、 総勢約300名が会場を埋め尽くす壮観の中、 今回の最大の記念行事である、南加愛媛県人会 創立100周年記念式典が、盛大に挙行された。 日米両国国歌斉唱、先亡者への黙とうに続いて、 松岡県人会会長の開会の辞は、 故郷との絆、文武両道の精神、など 日本人としてのアイデンティティによって支えられた 100年という道のりに対する感謝と、 次世代の更なる交流発展を祈る万感にあふれていた。 加戸知事からは、 英訳するとラブリープリンセス、と言えなくもない、 当意即妙の本県紹介を交えた心温まる祝辞が述べられ、 在ロサンゼルス日本国総領事館の伊原純一総領事からは、 南カリフォルニア地域の経済産業の概括と、 日系コミュニティが占める地位等について触れた上で、 100年前、最初に井戸を掘った人を忘れてはいけない、 との最大の敬意と、心からの祝福が寄せられた。 続いて、県人会のこれまでの沿革紹介の後、 昼餐会、いわゆる懇談へと式典は進んでいったが、 同席の県人の皆様と会話しながらあらためて痛感したのは、 若い頃、英語をマスターしておけばよかった、との後悔。 昨今では、英語を社内公用語にする企業が増えているが、 グローバリズムの今後を想定すると、 複数の外国語が話せて当たり前、という時代の本格的な到来を、 ひしひしと肌で感じるひと時であった。 それにしても。 ロスでは今、龍馬伝が大人気で、ぜひ土佐に行ってみたい、 という方が多く、龍馬フリークの知識の豊富さに、驚いた。 国営放送が在外国日系邦人に与える影響の大きさ、即時性が ここまでスゴイとは、と実感した。 さて、数々のプログラムをもとに滞りなく式典は進み、 最後に、出席者全員で「ふるさと」の合唱となった。 忘れがたきふるさとを想い、目頭を押さえながら、 涙をぬぐいながら歌われる県人会の皆様のお姿を、 目頭熱く、まぶたに焼きつけようと思った。 感動の余韻を残しながら、その後、私たちが向かったのは、 リトル・トーキョーにある全米日系人博物館、であった。 (全米日系人博物館) ここで私たちは、県人会のみならず、日系移民の、 壮絶な歴史を目の当たりにすることに、なる。 同博物館は、 日系アメリカ人の歴史や文化を伝承・展示しており、 収蔵の品は、 彼らの工芸品・服飾・写真・芸術など、10万点以上。 初期の移民の多くは独身男性で、 家事手伝いや鉄道工夫や単純労働などから始まり、やがて、 写真によるお見合い結婚などで妻を日本から呼び寄せ、 次第に日本人移民家族が西海岸地域に増加していったという。 そうしてようやく安定しつつある軌道を“絶望”に変えたのが、 真珠湾攻撃によって始まる第二次世界大戦であった。 日系人は敵国人とみなされ、彼らは私有財産を没収され、 強制収容所へと送還され、不当な差別と生活を強いられるのである。 説明者の解説や、館内の映像、写真、生活道具などを通して、 当時の悲惨な収容所生活の様子が、痛切に、伝わってきた。 そういう状況にあっても、彼らは希望を失わず、 アメリカ史上もっとも多くの勲章を受けた部隊と言われる 有名な「第442連隊」を輩出させ、 戦後、 激しい偏見や社会の受入れ拒否という状況にあっても、 努力を惜しまず、ついには「模範的マイノリティ」として、 アメリカ社会から称賛される現在の地位を築かれた、のだ。 解説者のメリーさんは、この私たちが歩んだ歴史と事実を、 記憶していてほしい、と私たちに対して切実に訴えられた。 日本人と、ますます全世界に広がりゆく日系人との“絆” について考えることは、 こうした不幸な歴史を繰り返さないために極めて重要、 ということを心に刻むとともに、戦争ばかりではなく、 自殺者が絶えない状況に象徴される今の日本にとって、 家族や地域における“絆”がいかに重要であるか、 今こそ見直し再構築することが急務、との確信を深める 貴重なひと時となった。 こうした出会いや機会に感謝しながら、 しっかりと自身の役割を果たしてまいりたい、と思う。
本日7/31から8/6までの7日間、 南加愛媛県人会創立100周年を記念する 公的訪問団の一員として、訪米の途に就く。 ��*南加は、南カリフォルニアの意) 皆様にはシリーズで順次ご報告させて頂きたいと思うが、 そもそもまず、南加愛媛県人会(以下、県人会)とは何か、 その概要について触れてみたい。 県人会は、1909年(明治42年)7月、田中時夫さん、 茂川常太郎さん、石崎長穎さん等が発起人となり、現地発足。 太平洋戦争という苦難の時代をはさみながらも、 故郷愛媛との交流を“会”の希望とし“個”の勇気と変えながら、 今日、米社会に確固とした日系コミュニティを築いてこられた、 その原動力ともいえる、同郷の“絆”組織、である。 そして。 県人会はそうした先人たちのご苦労を礎に、 本年で100周年という世紀の節目、を迎えることとなったが、 その100年にわたる、県人の南加日系人社会発展への尽力と、 愛媛県・日・米相互交流促進に寄与された功績に対する顕彰、 並びに、筆舌に尽くせぬ先人の苦難の歴史に敬意を表し、 今後更なる交流と発展の礎としての100周年を刻むべく、 この度、 加戸知事を団長とする訪問団が派遣されることとなった、 というのが今回の記念訪問の趣旨、である。 現在、 ロサンゼルス市を拠点に105名の会員を擁する県人会だが、 約30年前までは優に400名を超えていた、といわれる。 このことについて、 郷土の先人たちが、米地域社会に根を張り世代交代も進んだ今、 生まれも育ちもアメリカという3世・4世が主役の時代となり、 その若者世代に組織をどのように継承してもらうかが最大の課題、 と、松岡八十次県人会長(大三島町出身)は述べられているが、 今回の訪問を通して、その実際を肌で感じさせて頂くと共に、 故郷の絆と日米交流の将来についても考えてみたい、と思う。 さて、以下早速、 本日の主要行事についてレポートしてまいりたい。 快晴の8:40、松山空港にて公的訪問団の出発式を行い、 14:00、成田空港にて民間訪問団を含めた結団式を経て、 一行約100名は一路、米ロサンゼルス市へと向かう。 日本時間の7/31夕方17:45に成田を発って、 現地時間の7/31お昼過ぎ13:00頃、ロスに到着。 このタイムスリップは、 日本と-16時間の時差で生じるパラドックス。 ロス空港での入国手続きを済ませて、昼食の後、 私たちがめざした、記念すべき最初の訪問先は、 県人の松秀二郎社長(吉田町出身)が経営される マルカイ・コーポレーション。 同社は南カリフォルニアを中心に現在12店舗を展開し、 日系3大スーパーの1つに数えられる。 (マルカイ・コーポレーション店内風景) 到着と共に店舗を見学させて頂いたが、 店内狭しと“日本”の品がズラリ、にまず驚く。 価格帯も、うなぎ蒲焼3.98ドル(約350円)など、 正にスーパープライス、であった。 次に驚いたのは、 屏風?仏像?家具?絵画?など、 日本のスーパーでは普通見かけない“雑貨”が 店舗アイテム全体の約1/4を占めていること、 であった。 これは、その後の松社長様のお話によると、 日系人の心を満たすことを最大のミッションとして 取り組んでこられた同社の現時点での全体最適であり、 現地顧客の求めるマーチャンダイジングに他ならない、 とのこと。 厳しい米流通経済において 様々な制約条件を抱えながら、 堂々の日系3大スーパーの地位を確立された同社の、 執念の経営努力、を垣間見る思いがした。 松社長様からはこの他にも、 吉田町に疎開されていた小中学校当時の思い出や、 渡米後のご苦労、故郷に対する思い等お話し頂き、 約1時間程度であったが、故郷との絆を、 互いに熱く確認し合えた感動的なひと時であった。 さて、この日もう1つの行事は、 県人会の皆様との、交流懇談会。 まだ強い日差しが残る、現地時間18:00。 開会冒頭の、 感極まってしばらく言葉にならない、 松岡県人会長様の歓迎あいさつには、 訪問団員の多くが目頭を熱くしたに違いないし、 続く加戸知事の表敬あいさつでは、おそらく、 県人会の皆様方も万感が込み上げたに違いない。 (交流懇談会風景) その後、出席者の自己紹介を交え、 約2時間にわたる懇談となったが、 同郷の親近感からか、あっという間に、 身振り手振りや、お互い片コトの日本語や英語で、 会場内あちらこちらに会話の花が満開、となった。 同郷の絆の、有難さと心強さと確かさを肌で感じ、 感謝と敬意でいっぱいの訪問初日、となった。 いよいよ明日は、今回の最大の記念行事である、 南加愛媛県人会100周年記念式典、だ。 次の100年に向けて、 歴史的な一歩として刻まれることを期待しながら、 先人への敬意と参加各位の祝福を胸に臨みたい、 と思う。
終日、事務所にて政務。 夕方から、党務。
午前、地域活性化特別委員会。 「えひめの食材を活かした地域振興策について」と題して、 企画情報部・経済労働部・農林水産部からのレクチャを受け、質疑を行う。 概要のヒアリングだけでも約1時間を要する程多彩で広範な各部局事業だが、 そのいずれも目指すところは、新たなビジネスモデルの構築、と私は理解した。 それを成立させるためには、 商品・顧客・競合の他、販路開拓・販売促進等、さまざまな視点での要因クリアが求められるが、 その試行錯誤に懸命な様子が、伝わってきた。 私は、水産物の消費拡大策等、何点かお伺いした。 本当は1人1時間くらい質疑時間があれば、とも思うが、 それは新たな別の討議モデルに求めるべき、と思い直し、議会改革の輪郭をイメージしながら、のひと時であった。 引き続き、地域活性化に向け、研鑽を重ねてまいりたい。
終日、県民相談、政務。 昼、玉井議員が事務所に来訪。種々、情報交換。