今日も朝からフル回転。AM企業訪問、PM市民相談対応。そして、夜は新居浜での公明党時局講演会。走行距離にして、約200㎞。新人議員は、走れ、走れ、だ。 さて、走るといえば蘇る、選挙期間中の一瀉千里。私は、支持者の皆様に2つのお約束をした。あなたのために働かせて頂くということと、その結果、一番身近に感じて頂ける県議になれるよう精進する、ということだ。極めて当たり前のことだが、投票率を見る限り、現実は逆さまであろう。支持者のお気持ちを代弁する思いで、熱く語り続けた。おかげさまで当選後、約1ヶ月の間に100軒近いご相談を頂いた。お訴えの手応えを、有難く感じている。 それにしても相談内容は様々だ。国レベルから個人レベルまで。そして、将来レベルから今すぐレベルまで。生活をマターする政治というものは、そういうものであろう。まだ裁けていない市民相談案件を、午後から一気に手をつける。その中で、いくつかの成就をそれぞれのご相談者にご報告し、喜んで頂く。いわく、素早い対応と。 広告会社での新人時代に学んだ顧客満足のイロハの一つは、スピードだ。1週間後の100点満点のレスポンスよりも、翌朝の60点のレスポンスのほうが100倍も勝るのだ。そして、最も高度な顧客満足は、業績向上だ。政治に当てはめると、それは、生活者満足度の向上といえよう。 もっとスピーディに、もっと身近に。そして、ご相談を追い越して、くらしに安心と安全が広がる、一手先・二手先もっと先の施策提案ができるよう、研鑽と経験を積んでまいりたい。��写真は新居浜での公明党時局講演会/左から私・山本ひろし参院選比例区予定候補・笹岡県議)
晴れて、降って、また晴れて。市内を歩いて歩いた、この3日間。お会いした数、1,000名超。お訪ねしたのは、いずれも普通の庶民であり、ありのままの、その生活現場であった。 さてこそ、生活現場である。そこには、においがあり、色があり、温度がある。机上では決して計れない、真実がある。行政に対する苦情やご意見を様々伺うとともに、お一人お一人のお気持ちを肌で感じさせて頂いた。 一つ一つ誠実に取り組むことをお約束させて頂きながら、知らず、懐かしいメロディが浮かんだ。それは、ダ・カーポの“野に咲く花のように”という歌。庶民への応援歌であり、賛歌だ。頭の中でリフレインしながら、思った。 この歌に込められたメッセージが、生活現場で感じられる社会、それこそ、政治が目指すべき、感性のゴールであろう、と。
今日も、ノンストップの1日。早朝、曇天を突き抜けて、興居島へ出発。たくさんの笑顔を訪ねて歩く。課題発見のアンテナを高くしてお話をお伺いする。 なるほど、この島では、空き家と耕作放棄地が急速に増えている。いわゆる“限界集落”1歩手前の様相だ。壮年のお二人に、すかさずお伺いしてみた。共同体崩壊のこの危機の打開を、真剣に、主体的に取り組む個人・団体は、どちらにいらっしゃるのか、と。悲しい回答だった。厳しい現実だった。確実に、重たい宿題を背負った。 今、この島に一番必要なものは、将来への“希望”である。そして、それを裏づける“新たなビジネス”と、その主体たるべき“若者”であろう。必要条件といっていい。 県下のすべての過疎地に共通の深刻な課題だ。解決への一歩前進を目指して、全知全能をフル回転し、腰を据えてかかりたい。
今日は、終日、歩きに歩き、走りに走らせて頂いた。懐かしいお顔と、お声と。有難いご激励を数々いただく。その中で、あるご婦人の善意のご忠告が心に刺さった。今日の私事トピックスである。いわく、私たちはあなたを注意深く見つめていますよ、と。 それは、言動のみならず、心を、ということだ。移ろうものは、人の心である。まして政治の世界は魑魅魍魎。いつしか初心を離れて慢心になる人が、誘惑に負けて堕落する人が、そして信念を要領に曲げてしまう人が、何と多いことか。 私を県政に送り出してくださった皆様のご支持は、私の初心というものに対してであったろう。 変わらないこと。今の初心を失わないこと。その肝心を、このご婦人からあらためてお教え頂いた。 有難い支持者を頂き、私は幸せだと思う。感謝の気持ちが込み上げる中、どこからか、みかんの花の香りが漂ってきた。この時期に、私たちを甘く優しく癒してくれるこの香り。それは、私が幼いときから、いつも、変わらない。(写真は5/8中島で撮影したみかんの花)
19:00。昨日に続き、参院選比例区予定候補の山本ひろしキックオフミーティング、 「公明党時局講演会」に出席。開催地は“しまなみ”今治だ。私の故郷である。懐かしく、ありがたく。照れくさく、愛しい今治。ペダルを踏んで家路を急ぐ、母校・今治西高の後輩たちが煌めいて見える。 煌めくといえば、高校の頃、水路を流れる水は、赤・青・緑、色とりどりだった。これは、タオルが最盛期だったことの意味。今、この町はタオル全盛の面影も薄い。世界の工場である「中国」にとって代わられてしまったのだ。これに対して、様々なトライが続く中、特に「今治タオルプロジェクト」なるアプローチには大いに期待したいところだ。その上で、違った視点での課題の切り口の必要性も痛感する。 以前、タオル美術館にてタオル生地の“鑑賞用アート作品”を見たことがある。その風合いが醸し出すインプレッションに感激した。マーケティングで捉えると、これは小さな芽。ふりかえって私は、過去1年間、タオルにいくら使っただろう?1万円も使ってはいないが、仮に1万円と仮定する。もし、私の大好きなアーティストの“鑑賞用アート作品”があれば、3万円でも買うかもしれない。すると、私1個に対するその会社の売上は3倍以上になる。 例えば、こういった大胆な仮説をいくつも検証していく中で、仮に実用以外のタオルの“新たな”価値を生み出すことができれば、そこに市場が生まれるし、あるいは世界に拓けるかもしれない。 新たな顧客をつくること、市場をつくることだ。それは、全国どこでも、どんなビジネスにもあてはまる。わが愛媛の将来にとってもだ。(写真は時局講演会でのご挨拶)