早朝、市内にて現場視察。昨晩頂いた県民相談の、意図の確認である。 なるほど。現場に立たないと、本当のことはわからない。 早速、部局折衝へと動く。 他にも、先日来の案件の進捗確認などで、午前はあれよと過ぎ、午後は、ご相談者のお一人お一人に、善処のご報告をさせて頂いた。 さて、ここのところ。 支持者の皆様から、激励と御礼の電話やメールを頂く機会が増え、なんともいえず有り難いし、恐縮でもある。 新聞に載るような派手な成果は、今の私には望むべくもないが、記憶に残るような真心の対応それのみを、常に、心がけている。 今、目の前にいらっしゃるお一人に、真剣に、地道に。無知の知、による体当たりの日々、とでもいえようか。 皆様の激励に、前進への意をいっそう強くさせて頂いている。 ふと、ある雑誌の記事に目がとまる。孫正義氏と北尾吉孝氏の対談である。 もはや解説不要であろうお2人が、お手本のない時代といわれる中にあって、その根幹にある経営哲学を語り合う、というものだった。 その中で、両者ともに尊敬するという、稲盛和夫氏の言葉が紹介されている。 「動機善なりや、私心なかりしか」 有名な一節は、なるほど、深い。強く、賛同する。 企業も、人も、やはり、その根底には哲学が必要だ。まして、政治には、なおさらのこと。 各々の哲学が厳しく問われる時代となった今、生き残り、つまり選別と淘汰のカギとなるのは、それに基づいて、何をどのように体現するのか、したのか、という現実証明であろう。 自身に置き換え、ひとつの記事に示唆を得る。現証には如かず、を肝に銘じ、明日からの精進に代えたい。
清清しい、秋晴れの1日。日中、昨年までお世話になった企業を表敬訪問し、支社長との面談を頂く。 その節の御礼を述べながら、近況を交わしながら。 しばらく和んでいると、そこに、更に懐かしい先代支社長がお見えになり、奇しくもの再会に感激しながら、歓談がひときわ弾むひと時となった。 名残惜しくも辞去した後、私が向かったのは、久万高原町。 今晩は、月に1度の党員会なのである。といっても、自身、初参加とあって、握るハンドルに、緊張がひしひしと。 会場には既に、数十名の笑顔が満開だった。 お一人お一人の、日頃のご苦労と、ご多忙と遠方よりの参集を思うにつけ、その有り難さが痛いほど身にしみる。 初参加の党員会は、あっという間に進み、さまざま感じ、そして学んだ。特に、自身についていえば、力のなさを痛感することしきり、であった。 顔が赤くなるほど、まだまだ、新米議員。反省しきり、なのである。 ひとたび議員でいる限り。 与件がどうあれ、いつでも皆様に、元気とか勇気とか希望の上に、納得と理解と共感を与えられる、そういう存在でなければならない、と私は思っている。 その意味で。 次回は必ず、来てよかった、がんばろう、そう思って頂けるよう、重々心に期し、帰路につく。 車のラジオから、チューリップの、青春の影。今日流れなくてもいいのに、と心にしみた。 ��写真は、おすそ分けに頂いた、取れたての、おっきな、さつまいも)
ひんやり冷たい空気と、小鳥のさえずり。 秋の深まりを感じながら、今朝は砥部町へ向かう。県民相談の現場視察のためだ。 地元の中村町議に同行頂き、伺ったのは、旧の広田村である。川沿いを伝う、曲がりくねった道と集落は、中山間地域によく見る風景であり、特徴だ。 ほのぼのと、心癒されながら、到着したのは、河川改修要望現場。癒された心が、一気に、痛んだ。 当事者から、過去の被害状況の悲惨さを取材するほどに、何とかしなければならない、と心に固く誓う。 続いて、もう1つの現場に移動し、お話を伺う。自然にご近所の方も集まられ、河川浸食による住宅倒壊の不安を訴えられた。 竹やぶをかき分けながら、くもの巣を頭からかぶりながら、そのご心情をしっかりと、受け止めさせて頂いた。 早速、現場写真とブリーフィングを作成し、部局折衝を行い、事態の改善に向けた取り組みを、真剣に協議する。 考えてみると。 日本の公共事業関係費は98年の14.9兆円をピークに減少し、本年07年度は6.9兆円と、半分以下の規模となっており、県も歩調は同じである。 まだまだムダは排除しなければならないが、羹に懲りても、いけない。山と海の国・四国には、まだまだ必要な道路があるし、港湾整備も必要だ。 未着手の災害復旧箇所はいうまでもなく、治山治水対策の必要性は論を待たない。 限られた予算をどのようにシェアするか、という問題は、突き詰めると、自治体経営の哲学が問われる問題だ。 県民を起点とし目的とする、生活者の座標へ。現場に立ちながら、政治のパラダイムシフトについて、未来を展望する。 見上げると、一面のひつじ雲。その、秩序と調和のパノラマに、心潤う思いがした。
ここ数日間で、県民の皆様から、10数件の宿題を頂いた。週も明けて、一気に各部局及び関係者と折衝を行う。 今日は、公明党の、らしさ、についてPRしたい。 日頃、県民の皆様から頂くご要望は、生活のすべてにわたるため、時に、その解決の所管は、国だったり、市町村だったりする。ちなみに、愛媛には、村はないけれど。 また、言うまでもなく、というかご承知の通り、現在の行政は、縦割りシステムだ。是非はともかく、機能上、そういうことになっている。 必然的に、県議会議員は、県以外への直接的な関与は難しいわけで、その時に、国会議員や市町会議員を通じて、という、その連携が重要になってくる。 その連携の速さと、広さと、深さが、まさに公明党の、らしさ、なのである。 あらためて、そう思うには理由がある。 今日、解決に動いた宿題のうち、県のマターは2つのみ。ほとんどが松山市マターで、残り一部が、国マターなのである。 いきおい、公明党の市会議員と国会議員に連携を取らせて頂いた次第となり。 そこからが、早い。気持ちを気持ちで、受け止めてくださるからだ。 本当に有り難いし、忙しい中を、頭が下がる思いでいっぱいになる。 おかげさまで、いくつかは解決の手はずが整った。ここに、公明党の、らしさ、の1つがある、と私は信じてやまない。 わが党の太田代表は、口ぐせのように語る。「公明党の国会議員は地方議員の手足であり、地方議員は庶民の手足でなければならない。」 然り、なのだ。倒置法でいうなら、庶民の手足でなければ、公明党ではない、のだ。 そうした思いを、今日1日の実践を通して確信してやまないし、日々、その実証を示せるように、自身の仕事に徹してまいりたい、と心に期す1日となった。
今日も、支持者のもとへ。夜の座談会で、膝詰めの対話を行う。 ずしり、様々なご意見、ご要望を頂いた。終了後も、個別面談のカタチで小さな行列ができるほどに。 ささやかではあるが、連日の座談を重ねながら、強く思ったことがある。それは、こういう場を“しくみ化”できないだろうか、という着想である。 少人数、ということと、座談、というのが肝、だ。そこには、裃を脱いで、気兼ねの要らない、何でもあり、の空気が生まれるからだ。 そのとき初めて、生きた対話が可能となる。 生きた対話には、誤解を理解に、対立を共感に、孤立を連帯に、不信を信頼に、転換させる力と可能性が秘められている。 現今の難局を乗り切るためには、政治への信頼が必要不可欠だ。 その信頼を取り戻すためにも、こうした座談を、党派を超えて、国と地方の全議員が、挙げて行ったとしたら。 間違いなく、劇的に、日本は変わるであろう。 冷ややかに、それは自明という前に、まず自ら、行動に移したい。地道ではあるが、着実に。 そして、そこに、議員間での、人道の競争とも、価値の競争ともいうべき、いい意味での競争と、政治の期待成果の向上スパイラルが生まれることを信じたい。 今日の末尾に。明確な目標を掲げて真っ直ぐに挑戦する青年は、なんと素晴らしい。 彼らと彼女らのために。私の中の、人道競争に対する戦闘モードが沸騰してやまない、心に残る1日となった。 ��写真は、自宅から見える、くるりん)