今朝になって突然、家内が、風邪を引いてしまった。必然的に、今日の私の仕事は、主夫となる。 といっても。 朝は、パンとポンジュース。昼は、弁当を買ってきて、チン。そして夜は、子どもを連れて、お好み焼き屋さん。 合間にちょこちょこっと、洗い物とお片づけをして、まったく絵に描いたような、手抜きパパであった。 一方、子守りのほうは、持久戦。8歳の息子はともかく、3歳の娘はコントロール不能だ。 ビデオにママゴト、おもちゃにお絵描き、歌とお遊戯、そして抱っこのおねだり。 次から次へクルクルと、蝶々のように、興味が変わり、片づけても片づけても追いつかないし、ゆっくりしようにも離してくれない。 お風呂に入れて、寝巻きを着させて、おやすみなさい、まで。こちらのほうは、手を抜く暇はなく。 おかげで家内は、少し楽になったようだが、明日からは何とか、宜しくお願いしたい、と思う。 1日主夫を体験して、家事と子守りの大変さを少々わからせて頂いた。いつも、ありがとさんね。 この日ばかりは思わず、家内に感謝して、声をかけた。少し、とってつけたようだったけれど。 ��写真は、自宅近くの、お好み焼き屋さん)
今日は、文化の日。 この日は統計的に、晴れの日が高いとされる特異日だが、はたして、その通り、秋晴れの1日であった。 さて、今日から、県下各地にて県民総合文化祭が開催される。今年は、記念すべき20周年だ。��ご参照URL⇒ http://ehime-c.esnet.ed.jp/bunkashinkou/sougou/h19/19yoryo.htm ) 夕刻、私は、その開会式と総合フェスティバルにご招待を受け、参加させて頂く。 愛媛県警察音楽隊による溌剌としたドリル演奏がオープニングを飾り、開会宣言。そして、プログラムは2部形式で上演され、実に多種多彩であった。 チアリーディング、伊予万歳、歌舞伎舞踊、クラシックバレエ、よさこい、野球拳踊り。 そして、映像で振り返る県民総合文化祭の20周年の歩み、があり、ゲスト歌手のクミコさんによるシャンソン・コンサートが華を添えた。 どれも本当に、素晴らしかった。恥ずかしながら、よさこいと野球拳踊り以外は、TVでしか観たことがなかった。 ライブの迫力というか、心に伝わるエネルギーというか。これが文化の力だ、とあらためて思った。 特に、私が感銘を受けたのは、伊予万歳だ。郷土に伝わる伝統芸能である。��ご参照URL⇒http://www.city.matsuyama.ehime.jp/kanko/kankotop/miru/kyoudogeino/iyomanzai/index.html ) 最初、ちょっと退屈な拍子と単調な動きに物足りなさを感じたが、どっこい、途中からものすごい強さで心が引きずり込まれた。 釣りに例えると、大物が食らいついた瞬間、竿にかかる、あのグググッ、という感じだ。扇子が、あるいは松が、まるで生き物に見えるのである。 司会から、海外公演でも喝采との紹介があったが、よくわかる気がした。 約2時間あまり。多彩な郷土芸能文化を一度に目の当たりにし、心を洗濯されたような気分となる。 県民総合文化祭は、今日から11月25日までの23日間。関係者の皆様に敬意を表しながら、無事盛況を祈りながら。 そして、1人でも多くの皆様に、各会場にお運び頂き、わが愛媛の豊かな郷土文化に触れ、心に感動と潤いを感じて頂ければ、と思う。
4日ぶりの日常は、朝からフル回転の1日となった。 電話とFAXとメールと郵便が、早う、早う、とまるで私を急き立てるかのように、どっさりと待っていた。 忙しいということは、つくづく有り難いことだ。ひとりごちながら、議会控室にて執務を行う。 今日は、国への申し入れ事案がいくつか生じたため、山本ひろし参議院議員と事務局に対し、密なる連携をとらせて頂いた。 それにしても、山本議員は、庶民の気持ちのわかる方である。さすが、私たちの代表だ、と心強いし、誇らしい。 というのも、来週、山本議員が所属する参院厚生労働委員会にて質問を行うにあたり、先日の中島諸島への視察内容も、しっかりと盛り込みたい、といわれるである。 また、以前お願いしていた社会的引きこもり支援の、最新の要望があれば承る、というのだ。��ご参照URL⇒ http://www.yamamoto-hiroshi.com/archives/diary/2007/11/30_117.html ) 早速、当事者団体と連携をとり、お話を伝えた。大変に、お喜び頂くとともに、あらためて伺ったご要望を整理し、山本議員へ送らせて頂いた。 返す返すも。 へき地で薄氷を踏むような社会保障環境の中、ご苦労をされる、ご老人の痛みや、障害者を抱えてノーマライゼーションな社会を心から希求する、親御さんの苦しみや。 なかなか政治の光が届かない、あちこちの、名もなき庶民の声を、誰が代弁するのか。ここにこそ、公明党の原点と本領があろう。 党設立の原点にしっかりと立脚し、庶民が報われる政治を実現していく。 そうしたザ・公明党ともいうべき、1人の声をどこまでも大切にされる、山本議員の謙虚な姿勢に、深く強く学ばせて頂いた1日であった。 気づくと、夕日が空を赤く染めていた。 日が暮れるのが早くなったと感じるのもそのはず、今年も残すところ、2ヶ月を切った。政治課題の解決にとっても、光陰が矢であることを忘れまい、と思う。
視察最終日の本日は、国立宮城病院神経難病センターを訪ねる。 仙台市内から南へ、バスで1時間強。のどかな丘陵に同センターは、たたずんでいた。 院長・関係者の暖かい歓迎の後、レクチャとセンター見学案内を頂く。同センターは、文字通り、神経難病患者の治療を専門とする。 ひとくちに神経難病といっても、難病中の難病といわれる、筋萎縮性側策硬化症(ALS)や、パーキンソン病、脊髄小脳変性症、多発性硬化症など、病種は多岐にわたり、 そうした症病などで人工呼吸器を装着している重症度の高い患者に対して、全館が車いすでの生活にあわせて設計されるなど、実に様々な対応設備が完備されていた。 センター長のレクチャの中で、印象深い視点があった。 それは、難病患者に、地域社会の中で生きていく“患者力”をつけさせる、ということを、治療の基本哲学に据えているところである。 患者力とは、難病患者の、難病とともに生きていくんだという、自律力を指している。 ゆえに、患者・ご家族と医療スタッフの最初のカンファレンスは、将来目標を具体的にコミットすることなのである。 例えば、完治が無理でも、1年後の社会復帰をめざしましょう、そのために、ここまでの回復に向けお互いに努力しましょう、と。 伺えば、難病は誰しも発症する可能性があり、多くの場合、患者から生きる力とやる気を奪うという。そうした難病患者の心の部分に注目し、向き合うスタンスは、明らかに従来医療と一線を画している。 その理念は、長期入院の減少と在宅療養の増加という目に見える成果と現れ、患者の在宅療養を支える地域ボランティアの和が着実に広まっているという。 感銘を、受けた。 症状だけではなく、人間の内発力を引き出すことに焦点を当てた、1つの医療革命が、着実に、人と地域を変えつつあるのだ。 院長その他のスタッフに見送られ、私たちは松山への帰路についた。中身の濃い、あっという間の3日間であった。 環境・福祉・医療分野における貴重な見聞は、自身の知見を広げ深めてくれた。心から感謝の思いでいっぱいである。 必ずや県政へのフィードバックと、県民の皆様へのお役立ちにつなげてまいりたい、と思う。 PS今回の視察を、準備から随行まで、すべての労をお執り頂いた職員の皆様、3日間、大変お世話になり心より御礼申し上げます。ありがとうございました。
10月最後の本日は、山形県を後にして宮城県へ向かう。委員会一行を乗せたバスは、蔵王を越え、一路、仙台市へ。 移動時間、約2時間。 本日最初の視察施設、仙台フィンランド健康福祉センターに到着。 はて、仙台に、フィンランド?来場者の誰もが最初に感じる疑問、だそうだ。 実は。 北欧のフィンランドは、福祉の産業化において世界最先端の国であり、 超高齢化と過疎化における医療と福祉の行き詰まりに対して、 産官学共同で、ITを活用した新たな福祉産業を創出することを国策とし、取り組んだ結果、見事にアウフヘーベンされたのである。 その新たなマーケットを日本の自治体に求めたところ、真っ先に手を上げ、健康福祉産業の振興に熱心であったのが、ご当地・仙台市であったという。 そして、今の日本の状況を考えるに、極めて有効な先進事例が、ここにあった。��ご参照URL⇒ http://sendai.fwbc.jp/index.htm ) 同センターを中心に、国と県が産官学を挙げて取り組む高齢者の自立支援と予防型福祉の産業化について、今後の成果に注目したい。 次に向かったのは、地方独立行政法人・宮城県立こども病院。��ご参照URL⇒ http://www.miyagi-children.or.jp/ ) はて、地方独立行政法人? 説明によると。公共と効率を両立させる公設民営方式という運営スタイル、だそうだ。 同病院は、妊娠から成人にいたる広い意味でのこどもを対象に、 高度専門医療を集約的に提供する、東北初にして唯一の中核病院、だ。 院長を初めとするスタッフのメンタリティは、高度な治療が必要とされるこども患者にとって、 最も良質で理想的な小児医療拠点をめざす、という点で、完全に一致していた。 アミューズメントパークのような造りにも、ヘリポートにも。 エレベータにも、病室にも、広場にも、その徹底したホスピタリティに、驚いた。 シャツにGパンという看護士や、保育士や。 チャイルド・ライフ・スペシャリストや、医療ソーシャルワーカーや、 ボランティア・コーディネーターなど、多岐にわたるスタッフの充実に、感嘆した。 今日、視たのは、福祉と医療の最先端。 仙台フィンランド健康福祉センターの事例のポイントは、 どこにもない新たな福祉産業の創出を地域経営戦略の1つの柱として、 高齢者をターゲットに、心と体の健康をサービスするというビジネスを、産官学あげて取り組んでいる点にあろう。 宮城県立こども病院の事例のポイントは、 元気のでるファミリーホスピタルという理念を体現化する組織を、公設民営方式で運営している点にあろう。 それらを、そのままわが愛媛に当てはめることはできないが、応用は可能、と考えたときに、その宿題の重さを痛感する。 杜の都の夕暮れを眺めながら、1日を振り返りながら、思った。 ��写真は、高齢者をターゲットに開発した、巨大文字のキーボード)