終日、ご挨拶回りを行なう。 この1年の、お一人お一人との様々な思い出を回想しながら、感謝の気持ち1つで、寒風の中を、歩きに歩いた。 温かな励ましを、頂戴した。党に対する苦言を、頂戴した。 真心のお裾分けを、頂戴した。有難いご期待を、頂戴した。 にこやかな笑顔を、頂戴した。玄関先でのお見送りを、頂戴した。 本当に。心に、沁みた。 たくさんの真心に対して、私がお返しすべきは、結果である。 そのことを、ある方が、厳しくも温かくご指導くださった。 公明党は、庶民の側に立つ、などと言ってはいけない。公明党の存在それ自体、庶民そのもの、なのだから。 創立の志を忘れてはいけない。志の有無は、議員個々の行動と結果に、全部現れるのだから。 その通りである。それ以外、何ものでもないのである。 その重責を担う身の厳しさを、あらためて刻ませて頂いた。有難い、より他の言葉が、見つからない。 翻って。本年4月の統一地方選出馬の際、私は、誓い、叫んだ。 庶民に生まれ、庶民に育ったことが、自身の最大の誇りであることを。庶民が最も幸せで、庶民こそが社会の主人公である、そのために働くことを。��ご参照URL⇒ http://homare.i-yoblog.com/c902.html ) 私の初心であり、原点である。今日までそれを忘れたことはないし、忘れてなるものか、と思う。 そして、これから私のなすべきは結果だ、と思うし、必ず、庶民の皆様のご期待にお応えできる結果を勝ち取りたい、と思う。 1つ1つ、真剣に、誠実に。そして、着実に。 すっかり夜も更け。今夜は雪、の天気予報をケータイで確認しながら。 終日にわたり頂戴した真心を心にしまって、車に乗り込んだ。行き交うどの車も、家路を急いでいた。 ��写真は、冬の低い空に、射す陽光)
午前、企業訪問。午後、党務のち企業訪問。 世間の多くは、今日が、仕事納め。官公庁は、御用納め。 いわゆる、納める日。 おそらく挨拶回りであろう、朝から目に見えて、道路が混み合っている。気が焦るのか、伊予の早曲がりに拍車がかかっているようだ。 すべての方を取り巻く、すべての方々のために、無事故で、と願う。 さて。昨年の今日は、私にとって、仕事納めであると同時に、勤め納めでもあった。 つまり、退社の日。��4年間の、勤務先での様々な思い出が、脳裏に錯綜した1日だった。 右も左もわからなかった、最初の数年。失敗ばかりで周りにご心配もおかけしたが、青くて、若くて、楽しい思い出ばかりだ。 次の数年、慣れてきた頃。いったん陥った惰性を突き抜けると、ますます仕事が面白くなった。 そして、松山に来て。いちばんキツくて、いちばん悩んで、いちばん鍛えられたのが、この4年間だった。 退社の日、退社の瞬間を前に。 私は、お世話になった関係者に、社内メールを送った。感謝の気持ちを、いっぱい詰めて。 返事は、もう見ることができない、ラストメール。 これで、納まった、と思った。あとは、新たな世界への挑戦に一瀉千里。 腹が、決まった。 あれから1年が、経った。まだ、という思いと、もう、という思いと。 すべての皆様のお陰を思い、ただ感謝するばかりである。初心は今も、いささかも揺るがず、だ。 来年の今日も。きちんと1年を納められるように、邁進してまいりたい。 ��写真は、北条の交通安全標識)
午前、県民相談への対応で部局巡り。午後、企業訪問を行なった。 とある地元企業社長との面談で、耳の痛いご指摘を賜った。ひとことでいうと、県行政の企業努力はまだまだ足りない、ということになる。 例えば。 歳出を少しでも抑制するために、個々の案件を厳しくチェックするということは必要だが、��in-Winの視点と、トータル・クオリティのバランス感覚が決定的に欠落している。 今のように、適正を超えた発注単価の値下げ競争が行き着く先は、結局、Lose-Lose。お互いに潰れる、ということだ。 また、いわく。 出入り業者は、見ていないようでよく見ているものだ。本当に危機感を持って取り組む職員と、そうでない職員がいることを。 後者に対する対応こそ行政の企業努力だと思うが、こちらが気づくほどには変化が感じられない。民間感覚としては、経営判断がまだまだ甘いといわざるを得ない。 またまた、いわく。 同じことが、そのまま議員にも言える。コツコツと地道に、県民・企業・団体を訪ね、真摯に耳を傾けながら誠実に取り組む人と、そうでない人と。 見ている人は、きちんと見ている。後者の議員は、これからの時代においては間違いなく淘汰されていくであろう。 県民の視点から出発し帰結する仕事ができているのかどうか、最終的には議員個々の人格が選択される、そういう時代に入っている。 まだまだ、ご指摘は続くが。久しぶりに、良薬を得た気がする。 夜、知人との懇談でも、民間企業が直面している、去年でも半年前でもない、今の厳しさを教わった。あらためて、思った。 健全な事業経営の遂行のために、民間企業経営は、赤字もムダも、決して容認しない。ゆえに、不断の改善をたゆまず行い、不合理なる聖域のありようもない、ということだろう。 行政の企業努力も。 ��(イコール)とはならないにしても、せめて≒(二アリー)との評価を頂けるよう、さらに真剣に、さらに創意工夫を尽くし、油断することがあってはならない、と痛感した。 早速、自身の企業努力から、実践してまいりたい。 ��写真は、憲政の神様・尾崎咢堂の銅像。彼の見つめる先、を思う。)
終日、井上顧問に同行頂き、企業訪問を行なう。年末のお忙しい中を各社ともご対応頂き、感謝の1日。 夜は、地元で大変お世話になった方のお通夜に参列。いつものあの笑顔を、もう見ることはできないと思うと、悲嘆にくれた。 そして、その方のためにも、その方の分まで、がんばらねば、と強く決意し、感謝し、お別れをさせて頂いた。 帰宅後。 メールをチェックすると、県民相談が入っていた。まだ、1日は終わらない。 その方とコンタクトを取り、状況とご要望について確認を行なった。さっそく取りかかるべき明日の宿題、となる。 さて。 昨日から所用にて、家族が、家内の実家・高松に帰っているのだが、おかげで当方は、実に久しぶりの1人暮らし状態なのである。 で、お風呂にポチョンと浸かっていると、ちょっと物寂しいのである。 してみると、クタクタになって帰宅したとき、言うことも聞かず、うるさくてかなわない、あのやんちゃ坊主とおてんば娘が、実は私の疲れを癒してくれていたことに気づく。 なるほど、1人の時間は大事なのだ、と思う。普段、見えないことや気づかないことに、気づかせてくれるから。 1人の時間は、かけがいのない発見の、カギなのかもしれない。 そういえば、家内にも。思い出したかのように少し感謝しながら、床についた。 ��写真は、家の、カギ)
3連休は、県民相談が相次いだ。休み明けの今日は、朝から部局のハシゴとなる。 県マター事案の中でも、理事者との協議の枠を超え、あとは知事の政治決断、といわざるを得ない難問まであった。 なかなかタフな休み明け、となる。そして、夜。 先輩議員とともに、田窪先生を囲んで繊維筋痛症について学んだ。あまり聞きなれない、その病気は、原因不明の難病である。 9月の委員会で、野口委員と森髙委員がこの病気に触れられ、県下の現状と対策を質したところから、今日の会合につながった。 とにかく痛い、らしい。全身に耐え難い激痛が走り、ひどくなると自力での生活が困難になるほどに。 であるにもかかわらず、国からは、難病、つまり特定疾患に指定されていないため、医療保険も適用もされず、適切な治療も確立されていないのだそうだ。 まさに、陽の当たらない、大変な病気であるのだが、こうしている間にも、患者さんは放置され、苦しみがますます募る日々を送られているのだ。 一説によると、その数は、約200万人。��型肝炎に匹敵するほど多いのだそうだが、認知度は雲泥なのである。 そうした繊維筋痛症に詳しい田窪先生の話は、どこまでも続く。 そして、いわゆる難病に対するわが国の厚労行政の矛盾と不合理に対して、医療の現場からの鋭い指摘が、いくつもなされた。 先輩議員とともに、何とかしなければならない、と意を強くした。次回2月議会で、超党派で意見書を国に出そうということになった。 その上で。 本年、難病指定されたFOP、XPを始め、難病といえば公明党といわれる、その一員としても、強く真剣に、国に働きかけてまいりたいと思う。 新たな知己と知見を得、超党派で患者さんへの思いを馳せながら。私にとって、実に実り多い1日となった。 ��写真は、繊維筋痛症リーフレット資料) ��S余談ながら。 党派が違う、ある先輩議員いわく。私は、ウヨクでもサヨクでもない、ナカヨクだ、と。 特に、いわゆる弱者に関連する、福祉をテーマとする委員会では、ナカヨクが大事だ、と。思わず、なるほど、と。 目の前の県民お1人に対して、何とかせねばと同苦するとき、そこに党派は関係あろうはずもなく。そういう意味でのナカヨクは、まこと宜しき、だ。