11:00、市内にて、新春えひめスポーツのつどいが開催される。私も、スポーツ振興議員連盟の1人として参加させて頂いた。 総勢約230名。名だたる本県選手・関係者が勢ぞろいし、9年後の愛媛国体に向けた抱負を語り合った。 大亀県体協会長の開会挨拶は、イチロー選手のプロフェッショナルに学べ、であった。山本松山大学ラグビー部監督の来賓祝辞は、凄みさえ湛えた、国体総合優勝宣言、であった。 勝負にかけるアスリートと指導者たちに、ギリギリのところで戦う真剣な生き様に、大いに学ばせて頂いた。 有意義なひとときに感謝しながら。スポーツ振興議員連盟の1人として、微力ながら貢献してまいりたい、と決意する。 夜、今治市内にて開催された、今治西高校33回生同窓会に参加させて頂いた。私にとっては10数年ぶりの、皆様との再会である。 卒業以来、26年が経った。それぞれ、いろいろな風雪を刻んだ、大人の顔になっていた。 が、よそよししい緊張はつかの間。 思わず、忘れていた当時のあだ名が蘇るし、この年になっても、チャンとかクンで通ってしまう、不思議な時空に舞い込んだ感あり。 やっぱり変わっていなかった、と安堵しながら。話しても話しても話が尽きない、楽しいひとときは、あっという間に過ぎた。 先生方も皆さんお元気そうで、何よりだ。それぞれのスピーチには、往年のしぐさや独特の節回しが、今も健在であった。 私も最後に、予期せぬご挨拶に登壇させて頂くこととなった。恐縮に身が縮む思いであったが、ひとこと感謝と決意を述べさせて頂いた。 いつまでも、いつまでも、いつまでも。そして、次の再会も。 お互い元気で、と思う。母校と皆様に、万歳だ! PS塩見さんはじめ、同窓会の準備・運営にあたってくださった皆様、お忙しい中を本当にありがとうございました。心より深く感謝申し上げます。
1月2日、特別な日。 14:00から、髙島屋前の坊ちゃん広場にて、毎年恒例の、公明党新春街頭遊説が開催された。 寒風の中、約30分。 わが党の、中予地域に所属する議員が一堂に会し、一人ひとり、新年の抱負を述べさせて頂いた。 お寒い中を立ち止まって、耳を傾けてくださった方、お手を振って激励くださった方、 励ましのお声をかけてくださった方、見守ってくださった多くの皆様に、心より感謝申し上げたい。 思えば昨年、統一地方選の予定候補だった私は、初めて公衆の面前でマイクを握らせて頂いたのであった。 ひたすら、緊張したことを覚えている。自分の考えを述べること自体、大それたことのような気がした。 そして、今年。緊張は相変わらずだが、もはや議員としての義務である。 僭越ながら、公明党青年局の立場から、この間の若年者雇用の取り組みについてお訴えさせて頂いた(発言内容は以下の通り)。 ますます加速する少子高齢社会のカギは、まさしく青年世代にあり、将来を担う青年の皆様の思いを、政治はしっかり受け止めなくてはならない。 そして、どの党よりも公明党が。 若い方々が、きちんと仕事に就けて、安心して暮らせる、そのための青年政策を充実させ、実現していくことをお誓いし、結んだ。 有言の後は、実行あるのみ。微力ながら、全力を尽くしたい。 (発言内容)・ご承知の通り、わが国は今、少子高齢化が深刻な問題となっている。・一方で、今後も続く社会保障費の増大が、財政を危機的に圧迫している。・これらは、表裏の関係。 ・つまり、支える側と支えられる側のバランスが急速に崩れているということ。・例えば、65歳以上の高齢者比率は、20年前は10人に1人。今は、5人に1人。20年後は、3人に1人の見通し。・これでは、現役世代はやっていけないとうことで、今、社会保障のあり方が、税制を含め、抜本的に見直されようとしている。 ・一方で、現役世代の労働力を確保し充実させていくためには、若年者の雇用問題が非常に重要になってくる。・特に、250万人といわれ、ますます年長化するフリーター・ニート人口。・この方々たちに、何としても、就労・結婚・安定という道筋を立てなければならない。 ・そこで、雇用格差やワーキングプアという現実も含め、若年者の将来不安が増大する中、公明党は政府に申し入れを行なった。・昨年11月、福田総理と舛添厚労大臣に対して、以下の4点である。 ①日雇いなど派遣制度の見直し ②非正規雇用者が正規雇用されるための支援 ③ワーキングプア対策として、身元保証人無しで家賃や生活費などに対する無利子融資が受けられる制度の創設 ④ニート対策のための相談機関「地域若者サポートステーション(通称サポステ)」の拡充 ・サポステに関しては、昨年末、全国の公明党青年局が視察・調査を行い、その調査結果を踏まえたカタチで、対策が強化される見通し。・具体的には来年度、全国で倍増の100ヶ所の開設を推進し、全体の対策予算は今年度の5割増しの354億円と強化される見込みだ。 ・これらは取組みの一部だが、私たち公明党青年局は、若い方々がきちんと仕事に就けて、安心して暮らせる社会を実現させたい。・どの党よりも、若い皆様方の思いがわかる党でありたい。・それが公明党青年局の念頭の決意であり、ご期待にお応えできる青年対策の充実と実現に全力投球してまいりたい。
午前0時。 家族全員で、この年に対する決意を真剣にご祈念しながら、2008年が開幕した。そのあと、ささやかに乾杯。 今年も宜しく、というわが家の恒例行事であるが、そこからが長いのも、定番ではある。 そして、ひと眠り。 ブルルッと凍てつくほどに寒い、今年の元朝。私の、新年の初仕事は、支持者の皆様へのご挨拶である。 終日、市内を、動きに動いた。雪の久万高原町を、走った。 のべ6会場を訪れ、約4,000名の皆様にご挨拶をさせて頂いた。 いずこの皆様も、どのかんばせも、笑顔、笑顔。健やかに新年を迎えた喜びと、今年1年への希望にあふれていた。 久しぶりの、数千回の、握手と。数多くの、真心からの激励に、心が震えた。 頂く一言ひとことに、もったいないほどの、有難さをかみしめながら。ただただ庶民である、身の福運に、感謝の気持ちでいっぱいになる。 元旦の日。この1年も。 ひたすら、県民の皆様の手足となって働こう。そして、県民の皆様が安心して暮らせる愛媛にしていこう。そのために、県民の皆様に尽くしぬいていこう。 初心、忘るべからず。 議員バッジを頂いた、あの瞬間の初心を、絶対忘れない。感謝の気持ちとともに、その初心に忠実に、働いてまいりたい、と思う。 そして、1回でも多く、1人でも多くの県民の皆様のもとへ足を運び、寄せられたご要望に対して、1つづつ誠実に、結果を出してまいりたい、と思う。 ��写真は、雪の、久万高原町) PS元旦の結びに。 本ブログをご覧くださるすべての皆様にとって、この1年が素晴らしい年になりますよう心からお祈りいたしますとともに、本年もご指導ご教授を賜りますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。
今日は、大晦日。まったく、らしからぬ雰囲気ではある。 早朝、今治を発ち、一路松山へ。 個人のこと、わが家のこと。お正月の準備で、あっという間に1日は過ぎ。 隣の部屋で子どもたちが、早く来い来い、お正月と歌っている。しかし、父の正月はどうやら忙しく、凧揚げも駒回しも満足につき合えそうもないのである。 そんなことを考えながら、今年最後のブログを今、綴っている。が、この1年を簡単にまとめることは、とてもできそうもない。 これだけ濃密で、濃厚な年は、なかったから。 1月も、2月も、3月も。4月の統一地方選から今月まで、大晦日に至るまで。 ハッキリと覚えている。何をして、何を感じてきたか。 なぜかならば、それはこのブログのおかげである。いな、それを決意させてくださった、あるご婦人のおかげである。 5月10日の初登庁から今日まで、1日も欠かさず、私が綴ったのは、その日その時その瞬間の、偽らざる決意であった。 1日1日の総括であったし、皆様への誓いであった。 その日から、約8ヶ月。 新人議員として、無我夢中で走らせて頂いた。振り返るにはまだ早い、と思う。 まだまだ至らぬ自分であることを、誰よりも自覚するゆえに、初心を忘れず、ただひたすらに前進あるのみ、と思う。 そして、明日から2008年。自身の知見とキャパシティの、拡大の年。 誰よりも、県民の皆様のために喜んで働き。どこまでも、県民の皆様とともに苦楽をともにしながら。 素晴らしい1年を創り拓いてまいりたい、と思う。 PS本年お世話になったすべての皆様に、心より感謝の気持ちを込めて。この1年、本当に、本当に、ありがとうございました! ��写真は、冬の、燧灘)
午前、市内をご挨拶回りに伺う。昨日同様、たくさんの真心に心から感謝があふれた。 午後、今治へ向かった。目的は、2つ。 高校時代の下宿のおばちゃんのお見舞いと、同窓の支持者の皆様との懇親会出席のためである。 下宿のおばちゃんの名前は、守屋さん。今年の夏、数十年ぶりに訪ねたのだが、あいにく留守であった。 ではせめて名刺だけでも、と、当時の御礼メッセージを添えて残しておいたところ、しばらくして守屋さんの娘さんからご連絡を頂いた。 そして、近くの病院に介護入院していることを知った。多忙に感けてお見舞いにも行けず、ようやく今日、となったのである。 そして。お会いできて、よかった。 たしか、守屋さんは大正2年生まれ。だから、御年94歳ということになるのだが、数十年経っても、面影は当時のままだ。 私にとっては、いつまでも、下宿のおばちゃんなのである。 そして、心配ばかりおかけした当時のやんちゃな私であったが、よくぞ覚えていてくださった。立派になられて、と目を細めながら、何度も何度も頷きながら。 決してまだ立派とはいえないのだが、おばちゃんの手を取り、私は語りかけた。 立派に高校を卒業もでき、ここまで来れたのは、おばちゃんのおかげだから。それは、間違いないのだから。 ありがとう、そして、いつまでもお元気で、と。私は、今できる最高の笑顔で、おばちゃんに手を振り手を振られ、病院を後にした。 感慨の余韻さめやらず、引き続き、懇親会へと向かう。1年ぶりの、各位との懐かしい再会である。 同郷で、同窓で、同志の皆様とのひと時は、何と嬉しき。 話に花が咲く、という。ならば、この日の花は、フラワーフェスティバル級であった。 2時間が、あっという間なのである。あれも話したかったし、これも話したかったのである。 ともあれ、最後は、お約束。皆で肩を組みながらの、校歌斉唱である。 私の、2回り上から、2回り下まで。 みんな、声がデカイのである。歌詞の記憶も確かなのである。 そこに年齢は、関係ないのであって、同郷、同窓、同志という、3同根の絆に万歳、なのである。 かくして、2007年も、終わろうとしている。これほど感謝にあふれた年はない、感激と激動の1年だった。 今年一番の寒さの中、来年の、今月今夜の再会を期して、笑顔での散会となった。 ��写真は、来島大橋と懐かしい今治市街)