今日は1日、しまなみデー。 今年に入って3回目の今治訪問だが、まだまだ訪れなければならないところは沢山ある。足しげく通い、一人でも多くの方と対話を重ねてまいりたいと思う。 さて。 日中は、今治の支持者会合に参加し、お一人ずつ心を込めて、御礼のご挨拶をさせて頂いた。皆様の笑顔に励まされながら、本年の飛躍をしっかりと、心に期した。 会合終了後は、石井・谷口今治市議とともに、街頭遊説へ。寒風の中、のぼりとハンドマイクを持ち、市内3ヶ所の辻立ちである。 最近の、国政における公明党の取り組みと成果について、今年度補正予算および来年度予算編成の観点から、力いっぱいお訴えさせて頂いた。 改革は継続しつつも、負担増・格差の緩和など国民生活を重視すべき、というのが私たちの主張であり、予算案に盛り込んだ具体的事例のいくつかをご紹介させて頂いた。 行き交う車からお手を振ってのご声援や、ご通行中の皆様から頂くひとことのお声がけが、凍てつく寒さの中、暖かく心に沁みた。 支持者の皆様への感謝の気持ちとともに、ご期待に添えるさらなる成果を出せるよう、国と地方の公明党ネットワークを駆使してがんばらねば、と決意する。 街頭遊説終了後は、一路、西条市へ。 その移動途中に、あまりにも懐かしい方のお店を発見し、思わず立ち寄った。ご家族の方からお元気そうなご様子を伺い、ご発展ご活躍を、と心から思った。 向かった西条市では支持者会合に駆けつけ、そして皆様に、お寒い中をようこそおいでくださいました、との思いで御礼のご挨拶をさせて頂いた。 青年の笑顔が、ひときわ眩しかった。 しまなみでの終日は、あっという間に過ぎ。今日移動したあちらこちらで、刻まれた青春の足跡が交錯した。 たとえば、どんどびで。あるいは、今治城で。また、高速ができる前のルート11号で。 あぁ。この地での、いくつもの出会いと体験のこもごもすべてに、大感謝、を思う。 とともに。育てて頂いたしまなみとしまなみの皆様に、必ずご恩返しの貢献を、と、決意が込み上げる。 充実の1日を終えて、家路をめざす22:00。桜三里には、粉雪が舞っていた。 ��写真は、テクスポート今治での遊説風景。右は公明党・谷口今治市議。)
今日は、終日、愛南町デー。走って、走って、300Km。 企業訪問と、県民相談と、観光・商業施設の視察と。そして、支持者の皆様へのご挨拶にお伺いさせて頂いた。 たくさんの方にお会いでき、感謝の思いでいっぱいになる。出会いの1つ1つに、感動あり、発見あり、驚きあり、で、何を綴ろうか迷うのだが。 つらつら思うに。 今日お会いしたどの方からも、素朴でほのぼのとした温かさが伝わってきた。それはきっと、ご当地が育んだ、南予人特有のトーンなのであろう。 また。 対向車や後続車をあまり気にすることなく、美しいリアス式の海岸線を伝って走っていると、視界に広がる雄大な宇和海、整然と並ぶ養殖いかだ、点在する小島と、対をなす空の雲。 風光明媚とはまさにこのことだ。気持ちが、ゆっくりと、癒されていく。 この、実にゆったり感じる時間の流れの中にこそ、この町の重要な価値がある、と思わずにいられない。 松軒山に上がってみると。蝋梅が、今が盛りと咲き薫っていた。 鮮やかなレモンイエローが眼前に広がり、吹く風に甘い香りが伝わってくると、ここでもまた、あわただしい日常から解放された気分になる。 道の駅MICに行けば、特産品がズラリ。 特に、魚の安さには驚きだ。ワンコインあれば、家族が十分満腹になれるに違いない。 野菜も、とれたてだから新鮮だ。トレーサビリティなどと難しいことをいわなくても、どこそこの誰々が作った、と書いてある。 そのほかにも書けばキリがないほどに。いわゆる田舎のよさが、随所に感じられる町である。 深刻明らかな、少子高齢化も、過疎も、財政再建も。このゆったり時空に浸っていると、何とかなるとさえ思えてくる。 今、必要なのは、悲観主義から楽観主義への、心の切替えなのかもしれない。 いずれにしても、難題解決の糸口は、地域経済の復興にあり。これが、衆目の一致するところだ。 今、この町は。あいなんブランドの構築を目指し、様々な取り組みに懸命なのである。 ポテンシャルは、十分だ。来てみるとよかった町、から、高いお金を払ってでも行きたい町へ。 そんな、全国に希望と感動を与えるドラマを、皆様とともにぜひ作っていければ、と思う。 ��写真は、松軒山に咲き薫る、蝋梅)
夜、北条にて、支持者の集いに参加させて頂く。 今年もがんばります、ますます働いてまいります、との思いを込めて、また、祈りながら、お一人お一人にご挨拶をさせて頂いた。 その後、ある壮年の方との懇談の機会を得た。結論からいうと、有難い、のひと言である。 ナゼか。政治に、公明党に、そして私たち議員に、期待してくれているからである。 耳の痛い話、手厳しい話ほど、議員は自ら足を運び、求めて聴かなければならない。そして、その中にこそ、政治における課題解決のヒントがある、と私は確信する。 もとより、民主主義という社会は、多様な意見を許容する。もっと直接的にいうと、ものごとには必ず、反対意見がある。 その場合の意思決定は、議会政治では多数決というルールを定める。ルールに基づいてどのように多数を形成するか、それを決めるのは民意であり、手続きは選挙である。 返す返すも、政治の出発点は民意であり、ゴールもまた民意でなくてはならないのだ。 だから、私たち議員は、民意がどこにあるのか、何が民意であるのか、アンテナを高くして、研ぎ澄まして、日々キャッチしなければならない。 壮年の方のお話を伺いながら、そんなことをまず思った。 さて。 その方は、大阪のご出身。そして大阪は、私の原点。 青春の一時期を過ごし、熱く濃い、その凝縮された月日の中に、今、議員をさせて頂く私の原点が、ある。 そして言うまでもなく、大阪の人は、実にストレートなのである。ストレートを文化とするコミュニティが、大阪人を形成しているともいえる。 それは、ぶっちゃけ、ぶっちゃけさせられるコミュニティであり、その一員となったとき、これほど居心地のよい世界はない、という社会である。 極めて独断と偏見の、私が実感する大阪観なのであるが、それはそれとして。 大阪から四国に帰ってきた当時、私は、四国の日常のすべてが何となく嘘くさく、とにかく物足りない、中途半端さと違和感を、激烈に感じたことを覚えている。 壮年の方のお話の根底に、あのときの私の気持ちが重なって見えた。すっかり四国人となった私も、このひと時、思わず大阪マインドが復活した。 勉強も経験も足りないことは承知の上で、率直な意見を披瀝した。あるいは、ダメだ、と思われたかもしれない。それでもいい、と思った。 しかし、これが第1歩であり、対話のラウンドの継続と、頂いた議員としての宿題の実行を、固く、心に期した。 ある人は、それを丸だと主張し、別のある人は、それを四角だと主張する。 はたしてそれは、丸か、四角か、どちらが正しいか、という議論に対して、それは議論が間違っている、といえるかどうか。 円柱であれば、いずれも正解なのであって。円柱は是か非か、というのが正しい議論だといえるかどうか。 生活の課題解決を担う政治は、その知恵と勇気が試されている。壮年の方から、そのことの大事をあらためて教えられた。 ゆえに有難い、と思うのである。 ��写真は、身近な円柱といえばコレ、スティックのり)
午前、企業訪問の後、終日にわたり県民相談対応。時間に追われ、気づくと日が暮れていた。 さっき、日が昇ったのに、というのはオーバーにしても、それくらい最近は、1日の経過を早く感じるのだが、さて。 ひとくちに県民相談といっても、内容は実に、千差万別・多種多様だ。苦情も、ご要望も、生活の万般にわたるだけに、当たり前ではある。 ゆえに、それに対応する行政サービスも多岐にわたる。 そして、その行政サービスの適切な執行のためには、当然ながら、それぞれの法務・専門知識を有した職員スタッフが必要となる。 その結果。 高度な専門スキル集団が、個々の案件の窓口として、私たちの目の前に現れる。タテ系の、大きな行政ミッションのもとに、実に見事に細分化されながら。 数えてみると、その数、300強。これは、県庁にある窓口(係等)の数である。 今、理屈を並べた。言いかえると、行政から見た、組織構成の根拠説明である。 では、生活者の皆様から見ると、どうか。非常に、わかりにくいのである。 何かあったとき、どこへ訊ねたらよいか、わからないのである。今日、あるご婦人から、そんなご指摘を頂いたのだが、その通りなのである。 300ある中から、相談内容が該当する窓口1つを見分けるのは、至難であり、至難なことを強いる行政サービスであってはならないのである。 また。 そんなことも知らないの、と思わず感じさせられてしまうのが、つらい。相談先に行き着くまで何度も電話をかけ直すが、それもこちらの努力?と思うと、つらい。 その他にも、生活者の皆様が感じている具体的な、つらい、をいくつもお伺いする中で。 上位のタテ割りからつじつまの合う話は、今までの話。これからは、生活現場からつじつまの合う話にしていかなければ、と強く感じたのである。 1人の生活者を基点として。その当たり前が、当たり前になるように。 地方分権も、道州制も、そしてこれからの政治は全て、そこから議論を重ねなければならない、ということを痛感させられた。 してみれば。 今日のご婦人のご指摘は、小さいかもしれないけれど大きな、重要な政治イシューといえる。有難く、かつ、真剣に受け止めさせて頂くとともに、改善と改革へのさらなる努力を、と決意した。 ��写真は、県庁正面入口横にありながら、今日まで気づかなかった、だいだいの木。)
今日は終日、今治デー。早朝、市内の通勤ラッシュとは逆方向に、東へ向かう。 まずは午前、県民相談にて波方を視察。谷口今治市議に同行頂き、ご相談者から事情を伺う。 調査なくして発言なし、とはこのことである。 状況の不合理さに愕然となるとともに、その足で関係企業を訪れ、行政当局との相互連携と、対応策の申し入れを行なう。 午後は、今治市役所、今治西高、今治北高、企業各社を表敬訪問。 市役所では級友2名を、いわば抜き打ちで、訪ねた。一瞬、ビックリした後、苦笑まじりのニヤリ。 二人が示した、まったく同じ反応が絶妙に面白かったが、突然の無礼を少々申し訳なくも感じながら、ご活躍に接し、嬉しい限りであった。 また。 私の母校・今治西高、妹の母校・今治北高では、それぞれ校長先生にご面談を頂く。極めて個人的な世間話から始まり、教育行政から国の行方まで、対話は広がった。 お二方とも大変ご多忙中にも関わらず、快くご対応を頂き、心から感謝申し上げたい。 貴重な示唆に富むご教授を種々賜ったそのひと時は、まさしく、光栄の至りであった。お取次ぎ頂いた教職員の皆様にも心より御礼申し上げたい。 そして、夕方にさしかかる頃、伯方島へ移動し、親戚挨拶、県民相談。夜は、級友の営むお店で親戚と食事の後、今、ようやく帰宅、となった。 訪れたお店の級友は、中学の同級生。たぶん卒業以来だから、29年ぶりの再会である。 念のため、店員さんに、お店の主人の名前を訊ねたところ、やはりテッちゃんだった。 だよね、と思った矢先、その店員さんが、“誉くんやろ”と、ピタリ、私の名前を言いあてた。 一瞬の間をおいて、事態がようやく、飲み込めた。その店員さんが、彼の奥さんであり、同級生のまみちゃんであることを。 感動的な、大爆笑となった。 あわただしい時間帯でもあり、ひと言ふた言のお話ししかできなかったが、次はゆっくりと訪れることを約して、家路についた。 会いも会ったり、話しも話したり、の1日。ハンドルを握りながら、思い返しながら。 自身のDNAの本籍。あるいは。あの頃、というだけで通じ合える、絆の不思議。 それがあることの有難さが、ほっこりと温かく、いつまでも心にしみていた。 ��写真は、夕映え神々しい、伯方島の金波銀波)