議会休会日の今日は、久しぶりに身体を動かした。というのは。 実は、県議会には野球同好会というものがあって、何事も経験とばかり、私も所属しているのである。 というか、なぜか、ほとんどの議員が所属している大所帯、なのである。 そして、夕方、短時間ではあったが、市内のグランドにて、今年初めての練習が行なわれたのであった。 私は昨年、ことごとくスケジュールが合わず、1度も参加したことがなかったため、興味と緊張の初参加となった。 もう、びっくり、である。まさに、猛練習なのである、わたしにとっては十分に。 そもそも、同じ1期生の石川議員に同行したのが、まずかった。彼は、元国体選手で、かつ、現役バリバリなのである。 しかも、昨年行なわれた、第7回シニア軟式野球選手権大会で、全国優勝した、新居浜フィフティーズの正捕手であられるのである。 じゃあ、軽くいきますか? と、いきなり、グランド3周から始まったが、私には、どだい無理な話。高校卒業以来、ランニングひとつしたことがないのだから。 1周でギブアップとなり、26年も怠けた身体を、痛感する。そして、ストレッチのあと、50mダッシュを5本。 ハーハー、肩で息をするのは何年振り?と、なんとか付き合ったものの、 何度走っても、50mなのに20mは離される始末、キツイのは身体だけでなく心も、となる。 その後、全体でキャッチボール、トスバッティングと続き、最後に練習試合が始まった。 それにしても驚いたのは、野球経験者の多さ、である。確かに、そういう時代ではあったにせよ、 どおりで、皆さん、上手いはず、というか、上手かったはず、という感じである。 わが県議会チームは、四国大会では、ここのところ、いつも優勝。遠いかつて、全国大会でも優勝経験あり、と伺ったが、頷けた。 それと、もう1つ付け加えると、声がやたらデカイこと。グランドに響くヤジとツッコミは、さすが、議員集団なのであった。 でもって、練習試合の結果は、私たちのチームの勝利に終わった。私の成績は、3打数1安打1打点、セカンドの守備機会2、であった。 その後、場所を移しての懇親会となったが、大いに交流を深めさせて頂いた。そして、いつもとは違う先輩方の一面を知る、有意義なひとときでもあった。 帰宅すると、足を運ぶのも、身体を曲げるのも、やっと。バタンキュー、と横になり、運動の必要性を痛感する以外、何もなかった。
夜、松前町を訪ね、党員会に出席した。 何度かお声をかけて頂いたものの、あいにくスケジュールが調整つかず、私にとっては今回が初参加、となった。 久しぶりに、お元気な皆様とお会いでき、大変うれしく思うとともに、お1人お1人、その献身的な日頃のご支援に、心より感謝を申し上げた。 この日は前半、町職員をお招きし、後期高齢者医療制度の勉強会を行なったが、当事者世代の高齢者も多数参加されており、皆さん、熱心に耳を傾けられていた。 制度設計全体を、約20分の説明で把握するのは、なかなか難しい、というのが、私の正直な感想である。 要は、なぜ新制度を導入するのか、ということの理解と、導入後、私や私たち家族に対する医療サービスと負担はどう変化するのか、という具体提示。 この2点が対象者の最大関心事であり、最も不安を覚えるポイントと推察したが、やはり、質疑の中で、そこを問う声が上がった。 今後、いよいよ制度の導入が始まるにあたり、こうした質問は増えてくるであろうし、その時、ご理解を頂けるだけの的確なご説明準備が必要だな、と気を引き締めさせられた。 後半は、松本ひふみ松前町議の話に続いて、私の出番となった。 時間は、約1時間。たっぷり、すぎるほどである。 昨年から今日に至る御礼のあと、まず、私がこの間、見て動いて感じた、県政の実際について、というようなお話をさせて頂いた。 赤裸々というか、ぶっちゃけというか、ここはオフレコである。正直にありのまま、お伝えさせて頂いた。 途中途中で、笑いが起きたのは幸いであった。普通に話せば、政治のことは、大概、おタカイか、おカタイことが多いから。 但し、念のため。 毎日ブログをご覧くださる理事者各位と、たまにご覧くださる議員各位にご心配をおかけするような内容ではないので、あしからず。 続いて、2月議会に関するご報告と、党本部から配信された国政の最新情報ビデオ学習を行ない、短時間ではあったが、質問会にて種々のご要望を承った。 終わってみると、あっという間の1時間。 終了後は、皆様お1人お1人をお見送りしながら、さまざまに温かいお励ましを頂いた。尽きぬ勇気が、湧いてくる。宝物のように有難い、皆様と、皆様との場。 果たして、その後は、第2ラウンドの個別相談となるも、このように。県下各地で毎月行なわれる党員会は、私にとって、宝、なのである。 ��娘に“宝物は何?”と聞くと、持ってきた、丸川製菓のフェリックスガム。懐かしすぎ。)
日中は、県民相談。夕方から夜にかけて、党務の1日。 内容にちょっと触れにくいので、今日は、この1冊。��分裂にっぽん」(朝日新聞社刊)。 いわゆる “格差問題” をテーマに、その光と影、それぞれの現場で何が起きているか、を追った、渾身のルポルタージュである。 本誌を貫く仮説は。 一億総中流が崩れた日本は、経済のみならず、医療、教育その他、生活のさまざまな場面で「分裂」に向かっているのではないか、 ということであった。 格差問題について、今ほど認知が進んでいない2005年時点の仮説だから、メディアとして、その兆しを察知してのものであったろう。 記者の鉄則どおり、取材班は全国各地へと足を運ぶわけだが、そこには、それぞれの現場における、生活者の生々しい現実が、詳細に綴られていた。 特に、第4章は、しまなみ海道周辺の取材。 愛媛県側では、今治市をはじめ、大三島や弓削島、豊島、魚島など、すべての事例が、光と影の、影として、取り上げられていた。 たとえば、魚島。合併後、島の人口290人のうち、約1割が島を出た。 とある老夫婦が、神戸に住む息子さんと暮らすため島を出るときのくだりでは、涙ながらに、「魚島で死にたかった」と。 しまなみ、で生まれ育った私にとって、こうした取材記事の1つ1つが、他人事でありようがなく、肌身に沁みる自分ごと、として迫ってきた。 親戚や、友達のおじちゃん、おばちゃんや、お世話になった先生、その方々の現実問題であるからだ。 そんな、しまなみで、記者が見たものは。 たとえば松山など、周辺の“強い”街へカネも人も動いているという現実であり、この章を、地方の都市間でも格差の断層はますます広がっている、と結んでいた。 その他、光と影の、光の部分も、すごいことになっており、驚かされるのだが。いずれにしても、分裂が急速に進んでいる、と。 さて、と、自分の頭で考えてみると。 こうした生活のさまざまな場面、分野、次元、局面ごとに広がる、格差と分断は、実は、国内だけではなく、他国内でも、国際間でも、厳然と、生じている。 とすると、私たちが生きる、時代そのものが抱える問題、だろうか。 とすると、真因は、産業革命が人々に、それまでの価値観との決別を余儀なくし、時代を画したように、��T革命が引き起こしたグローバリゼーション、という流れそのものがそれに当たるのだろうか。 とすると、が止まらない。日々頂く県民相談の1つ1つを通して、この問題に取組んでまいりたい、と思う。
日経グローカルNo.95にて、おぉー!っと、地元に関する記事を発見。 取り上げられたのは、東温市。サステナブル都市への胎動シリーズの3回目、であった。 家庭の太陽光発電導入を積極支援、廃食用油や木質ペレット利用も推進、 との見出しに、再生エネにかける小都市(愛媛県東温市)、という副題が並ぶ。 ちなみに、サステナブルというのは、持続可能という意味であるが、さて。 地球温暖化は、もはや、世界の共通認識であり、温暖化対策は、世界共通の、喫緊の課題である。 そんな中、ヨーロッパの各都市では、その対策の切り札として、化石燃料に代わる、再生可能エネルギーの導入が、大きな潮流になっているようだ。 そして、日本でも。 豊かな地元の自然資源を活かして再生エネルギーの導入に力を注ぐ動きが出始めたとして、愛知県田原市とともに、わが東温市の取組みが紹介されているのである。 私も、昨年8月、委員会視察で同市を訪れたことがある。 その際、高須賀市長ご本人から、同市の「地域新エネルギービジョン」についてご説明を頂いたのであった。��ご参照URL⇒ http://www.city.toon.ehime.jp/eco/gaiyou-energybision-h17.pdf ) 環境に対する市民の意識の高さと、市長が先頭に立ち強力に推進される、その熱意に感激したことを思い出した。 記事には、2015年度までに化石燃料の消費量を20%削減することを目標に、その代替エネルギーとして、太陽光発電、木質バイオマスエネルギー、��DF(バイオ・ディーゼル燃料)などの導入に取り組む詳細が、書かれていた。 その中で、私が特に注目したのは、同市がロハスタウンをめざしている、ということであった。 それまで知らなかったのだが、東温市は、人口当たり医師数が全国の都市で最多なのである。 そうした医療福祉施設の充実などから、��環境と健康」を前面に打ち出した「ロハスタウン」を、めざすべき都市像に掲げているのだ。 なるほど。等身大の、すばらしいコンセプト、と思う。 そんな同市の人口は34,000人。近年、着実に増えているのである。 県下の各市町が、環境に配慮しながら、独自の顔を創っていく、そんな頼もしい、知恵の開発競争、の一端を垣間見た思いがした。 そして。県もまた、他県との、負けられない競争は始まっているのだ。 実に大きな宿題、を思わずにいられないのであった。
アメリカ合衆国上院議員、バラク・オバマ氏(46歳)。いうまでもなく、時の人、である。 現在行なわれている民主党・大統領候補予備選は、ヒラリー・クリントン氏との、伯仲の、一騎打ち。 ヒートアップする世界のメディア報道は、勝負の展開についてまだまだ予断を許さない、という。 そんな、アメリカ史上初の黒人大統領、になるかもしれない彼の著書、��合衆国再生」(ダイヤモンド社刊)を読んだ。 400ページを超える分量もさることながら、文法直訳の文章解釈に難儀した1冊であった。 その分、洋画の日本語吹き替えナレーションのように、これぞアメリカ、的な臨場感が味わえたともいえる。 重厚な内容を、まとめると。 彼の、生い立ちから現在に至るキャリア形成についての告白をベースにしながら。 現在、アメリカが抱えている様々な困難を、自国の歴史の上から検証し、整理し、特定し。それらに対する彼のビジョンとアプローチを提示した、愛国のメッセージレター、というべきか。 タイトル通り、実に、意欲的な1冊であった。 さて、そんな彼は、私より2つ年上。たった2歳違いなのに、えらい違いである。 それはさておき、こんなエピソード。彼が26歳のとき、ある先輩から次のように問いかけられた。 ��年齢を重ねるうちにわたしが知ったのは、人は自分に満足のゆくことをしなければならないということだ。��中略)そして問題は、自分以外にその疑問に答えてくれる人はいないということだ。その答えは自分で見つけるしかない。」 そして、20年が経った今、彼は。その先輩の言葉に感謝している、という。 ��自分は(中略)、テレビカメラのまばゆさや群集の拍手の中に満足は見つからないと知っている。その満足は、人々が多少なりと威厳を持って暮らしていける力になれたと実感したときに得られることが多いようだ。」 と、見つけつつある自らの答えを語り、そして。 “あの男は人の役に立つ人生を生きたと言われたい”、と母親に手紙を書いた、ベンジャミン・フランクリンの逸話に思いを馳せながら、続ける。 ��いま、わたしに満足をもたらすものはそれのような気がする。家族やわたしを選出してくれた人々の役に立ち、子どもたちの人生がわたしたち自身の人生より希望に満ちたものになるような遺産を残すことから満足は得られるのだと。」 その部分、次元は異なるといえども、私も同じであり、まったく違わないのである。 彼の多くのメッセージに対して、あるいは、同時代を生きる同世代として、��es,We Can! (ほぉよ、僕ら、できるんじゃが!)、と強く思った1冊であった。