終日、デスクワーク。 前半は、政務事務、後半は、明日の街頭遊説の原稿作成。 ねじれ国会といわれ、混迷の度を深めている国政にあって、わが公明党が取組み、勝ち取った実績のいくつかを整理する。 それにしても、異常事態である。考えるほどに。 2/29に参院に移された歳入歳出法案は、民主党の徹底抗戦により、約1ヶ月経過してもなお、審議入りすらなされていない。 昨日の福田総理の緊急記者会見もまた、異例である。 それによると、まずは、平成20年度予算案を成立させ、地方と国民の生活の混乱を回避するとのこと。 衆院の優越により、それは何とかなるにしても、問題は、歳出法案である。 いわゆる、税制関連法案が一向に前に進まないのだ。歳出は決まったが、歳入の見通しが立たない、というのでは予算とはいえない。 そんな中、福田総理は、道路特定財源を、2009年度から一般財源化し、道路整備中期計画の期間を10年から5年に短縮する、とまで言い切った。 ねじれ国会、というより、こじれた国会運営を、何とか打開しようとの苦労が、その大幅な譲歩ともいえる協議内容の踏み込みに、見て取れる。 ただ、惜しむらくは、この判断、遅すぎる。年度末まで、土日を入れても、あと3日、である。 そんな矢先、与野党の幹事長が「道路財源」以外の租税特別措置について、5月末まで期限を延長する「つなぎ法案」を年度内に成立させることに合意、というニュースが入ってきた。 これで、ガソリン税等道路財源関係以外の、特定税目の増減による国民生活と経済活動の大混乱は回避でき、少しばかりの安堵は覚えるが。 道路財源の暫定税率については、ますます期限切れの公算が大となった。既に、関係業界も消費者も、混乱が始まっている。 生活第一といいながら、やっていることは、政局第一、の民主党に対して。 こういう状況の中にあっても、実現してきた私たちの実績の1つ1つを、明日は思い切り訴えたい、と思う。 絵に描いた餅ではなく、食べられる餅にしてこそ、生活第一、であろう。 ��写真は、菜の花と、よく見ると真ん中に、みつばち。)
昨日までの出張から解放され、久しぶりに、ゆったりと休めた。 早すぎず遅すぎず、なんともちょうどよい、愛媛のゆったり時間が、やっぱり好きだなぁ。 と、目覚めの余韻を引きずりながら、議会にて政務につく。来週の出張準備も、少々。 さて、そういえば、春の甲子園である。 私の中で、すっかり終わった感がするのは、母校の今治西高校が、敗退したからである。 さすがに残念だし、実力があるだけに、このタイミングではちょっと寂しい気がする。 戦いぶりは、出張中の街角で、一瞬だけ見ることができたが、ちょうど、リードをはね返し、逆転したシーンだった。 私たちの頃と変わらぬ応援歌で、欣喜雀躍のスタンドを見ながら、勝利を確信して、次の行先へと向かったのだが。 翌朝の新聞を見て、まさか、の結末であった。 おそらく、長野日大は、かなりの強豪であろう。このまま快進撃で、ひょっとするかもしれないな、とふと思った。 いずれにしても。 後輩の皆さんには4季連続の偉業をありがとう、と祝福したいし、夏にはまたその勇姿を、そしてリベンジを、と心から思う。 一方、私の戦いは、というと。目の前にうず高く積もった、この書類というか書籍の山、が相手である。 試合に例えると、この大量リードを許した局面、なんとかはね返さなくてはならないのである。 ��写真は、スタンドで振り回したかった、母校の応援タオル。)
東京から帰ったその足で向かったのは、久万高原町。今日は、月に1度の党員会、の日だ。 3日も東京にいると、やはり四国はクルマ社会だ、と思わずにいられない。 山を越え、山を越え、三坂峠を下りながら、会場に到着。春も間近というのに、さすがに久万は肌寒い。 そんな中を意気軒昂に。今日もたくさんの党員の皆様が、集ってくださった。 市内に比べると少し平均年齢は高いけれど、笑顔なら負けない、まこと、お元気な皆様である。 いつも、本当にありがとうございます。 感謝の思いと共に。何かしらのご満足をお持ち帰り頂けるよう祈る思いで、党員会を始めさせて頂いた。 今日の主要テーマは “後期高齢者医療制度” である。 目の前に、対象となる75歳以上がズラリ、の光景に、思わず後ずさりしそうになりながら、最初に、党本部が作成した学習用ビデオを、皆で視聴した。 当たり前だが、皆様、真剣そのもの、なのであった。 さあ、ビデオが終わって、その空気のまま、質問会。 で、結局、私ゃ、どうなるん?負担は、上がるん?下がるん? ごもっとも、である。 皆様にすれば。この制度が自分にとってどうなのか、が大事なのである。 そして、そんな皆様の前にたたずむ私にとっては。そうした不安をどう取り除くかが、大事なのである。 さらに、汲み取った皆様の思いを国にフィードバックし、改善につなげることが、決定的に重要なのである。 私なりに、たとえ話を交えながら、愛媛に置き換えながら、そして、一杯一杯になりながらも、語らせて頂いた。 特に、制度導入にあたり、公明党が果たした役割は何だったか、という点。 つまり、負担の公平性と2重3重のセーフティネットを盛り込んだ上で、激変緩和のための軽減措置を実現した点については、今日の核心の部分。 心からお訴えをさせて頂いたわけだが、それにしても。 限界集落から、少子化問題から、話がどんどん展開して、質問は、永遠か?と思えるほど、長く感じたのであった。 その後、2月議会を振り返っての県政報告を、自作の編集ビデオを交えながら行い、今月の党員会は終了となった。 さて、今日の何かしらは、皆様お持ち帰り頂けただろうか、と、いつもながらの不安と恐縮を感じながら。 お集まり頂いた皆様のために、よし、週末の遊説をがんばろう、と気持ちを切り替えながら。 21:00も過ぎるとハッキリと寒い、久万高原町を後にした。 ��写真は公明党ウェブTVより、右:高木陽介党広報室長)��ご参照URL⇒ http://www.komei.or.jp/ )
昨日に引き続き、東京にて。 午前、石田のりとし衆議院議員と山本ひろし参議院議員を、衆参それぞれの議員会館に訪ね、種々懇談させて頂く。 昨日のシンポジウムでもご一緒させて頂いた山本ひろし参院議員には、いよいよ4月から導入される、後期高齢者医療制度に対する現場の声、特に、行政実務の面での疑問を、いくつか託させて頂いた。 その他の問題も含め、こうした地方の声、生活者の思いを、国政につなげるネットワーク政党の意義を、有難くかみしめながら。 そして、昼食もそぞろに向かったのが、本日の私の、メインテーマ。��学校支援地域本部のつくり方」フォーラム、である。 というよりも、生の、藤原和博氏を感じたかったのである。予想通りというか、予想以上というか、そのアグレッシブに圧倒された。 教育にかける、情熱と確信の塊り、であった。 本ブログで何度となくご紹介したばかりでなく、今回2月議会の代表質問で、私が引き合いに出させて頂いた藤原氏は、知る人ぞ知る、東京都杉並区立和田中学校の校長先生、である。 第一部は、その藤原和博校長の基調講演で始まった。 いかにも、リクルートご出身らしいプレゼンであった。でもって、私がいた、広告代理店と同じ匂いがするから懐かしい。 のっけから、全員参加の“和田中度テスト”。 10問の内、7問以上正解ならかなりな和田中オタク、とし、会場を笑わせながら、参加者の心をひと掴み。 ちなみに、私は7問正解だったが、まわりは9問・10問の方ばかりだった。あらら、関係者対象のクローズド会合だったか、と心配したが杞憂ではあった。 さて。 和田中で藤原校長が、学校支援本部を立上げ、人・モノ・金・愛情といった、地域のリソースを学校に組み込み、 [よのなか]科を始めとする様々な“授業”の改革を進め、そして目指したものは何だったか。 それは、生徒たちにとって世界で一番通いたい学校にすること、そして、生徒たち1人1人に情報編集力を身につけさせること、と彼は言う。 情報編集力とは、平たくいうと、つなげる力。 たとえば、[よのなか]科では。 “赤ちゃんポストは是か非か”、とか、“自殺は是か非か”を、生徒自身で考え、大人と一緒に考え、討論をするのである。 その反復訓練は、世の中のことを、よそごとでなく、他人ごとでなく、自分ごととして感じ、考え、行動し、解決していく力を確実に養うであろう。 なるほど。 和田中が、最もといってよいほど全国から注目される学校になったのは、入学希望者が大幅に増加したことや、成績が飛躍的に向上したことよりも。 生徒1人1人の中に、そうした、つなげる力、をしっかりと養い育てたこと、そして、生徒を中心に、学校と地域をいきいきとつないだこと、に尽きるであろう。 その結果、生徒・学校・地域の3者満足を実現した、藤原校長のいわれる、つなげる力。 それが、今までの教育に決定的に欠けていた視点であり、個人にとっても国にとっても、これからの世界を生きる上で、最も必要な条件である、との氏の論に、同意、である。 基調講演に続く、第二部のパネルディスカッションも、教育行政に携わる方々の熱心な主張が展開され、興味深かった。 さて。 その和田中をモデルとした“学校支援地域本部事業”が、4月から全国で推進されることになる。 文科省の予算は、実に、50億4,000万円。これをムダにしてはならないし、きちんと成果を出さねばならない。 文教警察委員会に所属が決まった私にとって、そうした思いから、イチ早くの視察であった。 藤原校長の、教育にかける情熱を、自らの五感でしっかりと、受け止めさせて頂いた。 あとは、こちらのつなげる力、である。愛媛の教育行政の発展に全力あるのみ、なのである。
午前、県民相談対応の後、東京へ移動。 急ぎ足でめざしたのは、��ユニバーサル社会の実現をめざすシンポジウム」、という会合である。 ちなみに、ユニバーサル社会というのは、年齢や性別、障害の有無などにかかわりなく、誰もが個性と能力を発揮し支えあう、共生・共助社会のことであり、同シンポジウムは。 本ブログでも何度かご紹介させて頂いた、社会福祉法人プロップ・ステーション理事長である“ナミねぇ”こと、竹中ナミ氏の呼びかけに、全国から賛同者が集って開催されたもの。 主催は、社会福祉法人プロップ・ステーションと、読売新聞東京本社。 そして後援は、米国防総省、在日米国大使館、内閣府、厚労省、防衛省、国交省、文科省、社団法人日本経済団体連合会、日本放送協会、とまさに、国家プロジェクト級である。 従って出席者も、錚々たる顔ぶれ、なのであって。プログラムに沿ってご紹介すると。 主催者・竹中理事長の挨拶の後、いきなり、福田総理、である。ただ、現下の国会運営でもあり、ビデオメッセージでの参加ではあった。 続いて、挨拶に登壇されたのは、シーファー駐日米国大使。 アメリカには、1990年に制定された 「障害を持つアメリカ人法(ADA法)」という、障害を持つ人々に対する差別を禁止した、偉大な法律がある。 シーファー大使は、その導入・修正に関与されたご自身の体験を通して、ユニバーサル社会の必要性と実現性について、熱く語られた。実に説得力のある、確信あふれるスピーチだった。 次に、わが公明党の太田代表。 誰もが能力を発揮できる元気な日本を創ろう、と訴え、��ユニバーサル社会基本法(仮)」の早期実現に対する力強い決意を表明された。 そして、民主党の鳩山幹事長。 ユニバーサル社会は、氏の政治理念である“友愛”に通じるとして、��ユニバーサル社会基本法(仮)」の実現に、必ず協力する旨のお話であった。しっかりと、記憶に留めたい。 続いて、米国防総省CAP理事長のダイナー・コーエン氏の基調講演。 彼女は、障害を持つ人々に対する政策支援開拓の、国際的権威である。また、彼女が理事長を務めるCAPの使命は、というと。 障害を持つ人々に対して、そのハンデをICTによってサポートし、彼ら彼女らが、健常者と同じ土俵で競争できるよう、機会を開発し調整すること、といえそうだ。 たとえば、両目を失くし、生きる希望さえ失った負傷兵が、その退役後。 視覚を代替する科学技術によって、MBAさえ取得し、さらには米陸軍士官学校の教鞭をとるまでになり、といったエピソードを語られ、そうしたサポートを、今までに61,448件行ってきたとの報告がなされた。 目が、足が、身体や体の機能が損傷する可能性が、誰にもあること。と同じように、障害を持つ人々の誰にも働くチャンスを提供すること。 働くということは、自らの存在証明であり、そうした誇りを持って、すべての人が、障害の有無に関わらず生きられる世界に変えていこう、と結ばれた。 変えていくのは、YOU! and YOU! and YOU!と会場を指差しながら。最後のYOU!で、視線が合ってしまった。責任を感じた。 続いての第二部は、パネルディスカッション。竹中理事長の進行で、パネラーは。 基調講演のダイナー・コーエン氏、防衛大臣の石破茂衆議院議員、公明党代表代行・与党ユニバーサル社会PJTリーダーの浜四津敏子参議院議員、弁護士の大平光代氏、日本経団連専務理事の紀陸孝氏、であった。 石破防衛大臣が、なんでユニバーサル社会?会場内のそうした空気を察してか、大臣からエピソードを交えた自己紹介があった。 実は、バリアフリー法制定を推進したのは、当時、運輸委員長であったご自身であったということで、本分野への造詣の深さに納得。 その際、日本のバリア度を実感するために、ご自身自ら車イスで、羽田空港から品川プリンスホテルまで移動したという徹底ぶりに、なんとも、驚いた。 石破大臣は、世に言う軍事オタクを超えた、人間オタクだな、と思わず感動し、脱帽となる。 わが浜四津代行からは、障害者が社会に合わせる世の中から、社会が障害者に合わせ皆が共に生きていく社会に、とし、そのためのユニバーサル社会基本法を何としても実現してまいりたい、との決意が表明された。 その通り、と、こちらまで力が入る。 かようにすべてを綴ることはできないが、実に示唆に富む、刺激的なパネルディスカッションであり、また、あっという間の2時間であった。 最後に、「ユニバーサル社会基本法の制定に向けて~元気な日本を創ろう~」が、会場参加者の満場一致を得て、採択されシンポジウムは終了した。 微力であっても全力で。愛媛をユニバーサル社会にしていくために、必ず、お役に立ってまいりたい。 遠路足を運び、目と耳と心を使って感じた、今の私の気持ちである。 ��写真:左から、竹中理事長・コーエン氏・石破大臣・浜四津代行・大平氏とご息女悠ちゃん・紀陸氏)