政務と、支持者座談会の1日。その、相中の夕方。 県議会スポーツ振興議員連盟の一員として、平成20年度 愛媛県社会人スポーツ推進協議会総会に出席。 出席者を見ても、会員名簿を見ても、錚々たる顔ぶれだ。県下有力企業・自治体・大学・団体関係者が、ズラリ。 そうした方々のご理解ご協力による同協議会が発足して、7年。 平成29年開催予定の愛媛国体を視野に入れて取り組む、本県競技力の育成・強化対策に関する様々な報告がなされた。 その力の入れように、目指すものが何か、ヒシヒシと伝わってくる。 そして、総会は、粛々と進み。松山大学ラグビー部監督の、山本厳氏による講演が始まった。 山本監督の講演は、年頭の会合でも拝聴させて頂いたが、その日のブログに私が綴った印象は、彼が発する、凄み、であった。 およそ尋常でない修羅場を。いくつもいくつも、くぐってきたアスリートしか湛えることのできない、凄み。 そんなオーラを感じたのである。今日もまた、そうであった。 演題は、「企業・指導者・選手の立場」。言い換えると、協議会を構成する各位の立場で大事なこと、であろう。 それぞれの立場を経てきた、山本監督の体験談であり、お話は、事実に基づく確信と情熱にあふれていた。 小学校の恩師からは、長所を引き出し目標を持たせることを教わった。中学校の恩師からは、スポーツにおける連帯責任を叩き込まれた。 高校の恩師からは、雲に顔出す富士山を通して、頂上の遥かさを教わった。大学の恩師からは、指導者の必要条件は、選手への愛情であることを学んだ。 やがて、企業人となり、指導者となり。“このチームを、必ず、日本一にしてみせる。” そして。文字通り、ラグビー日本一を達成し、連覇し、あのウェールズにも勝った。 しかし、それには、15年かかった。 私が感じる、山本監督の凄みは、きっと、この15年の歳月が生み出したものであるに違いない。 そして、簡単ではないその道程を、蹉跌することなく歩むことができたのは、 山本監督の、かつての恩師の教えのおかげであったろう。 実に、師の恩、量りがたし、である。 あらためて、山本監督始め、本県スポーツ指導者各位の、日頃、並々ならぬご努力に、心から敬意を表するとともに。 私自身もまた、師恩を思わずにいられないし、何よりも。 山本監督のように、結果で報いなければならない、その部分の厳しさを、強く、深く、心に刻ませて頂いた。 有意義で貴重なひとときに、心から感謝を申し上げたい、と思う。 ��写真は、松山大学ラグビー部監督・山本厳氏の講演風景。)
午後は、東京・大阪からの来客対応と部局折衝。夜は、市内2ヶ所の支持者座談会に参加させて頂く。 それぞれ、お久しぶりの、皆様である。また、邂逅を喜んでくださる、有難い皆様である。 そんな皆様の、真心からのご支援によって県政に送り出して頂き、1年が経過した。 心から感謝を申し上げるとともに、この間の自身の取り組みを紹介しながら、 今後とも、どこまでも公明党の議員として戦い、働き抜く決意を披瀝させて頂いた。 暖かで、力強い激励に、あらためて感謝の思いが込み上げてきた。 一方で。草の根の対話においては、当意即妙が試されるものだ。 ある会場で、私が話を始めようとした矢先、後期高齢者医療制度についてご質問を受けることとなった。 当事者世代の、壮年の方であった。 まなじりを決した、激しく厳しい、お叱りを頂いた。 それに呼応するように、居合わせた壮年の方から、お叱りが相次いだ。詳細は割愛させて頂くが、まさに激情による訴えであり、叫びであった。 結局、私には、ひと言の釈明の時間すら与えられなかった。1つ1つの訴えをしっかり受け止め、深々と頭を下げるしかなかった。 それほど、なのである。こうした当事者の叫び、心の痛みがわからずして、何が政治か、と思う。 制度説明より前に、政府も官僚も肝心なことを忘れている、と先日綴ったのは、このことである。 当事者である皆様のご理解と納得を頂かない限り、前に進めない、ということを、私たちは知らなければならない。 どんな制度も法律も、そうした信頼を頂くことが大前提だし、改革であれば、なおさらである。 その上で、対話拒否があったとしても、それでも対話しかないし、庶民の思いを、絶えず察知し施策に反映させ改善を惜しまない、 そうした感性と行動力が、政治に携わる者に、強く求められている。痛感するとともに、まず隗より始めよ、と自らに言い聞かせた。 あらためて。毎日、生きた勉強をさせて頂いていることに感謝したい、と思う。 ��写真は、堂本右美 作「悠々」 at 東京ミッドタウン。)
手話の、おけいこを始めた。44歳の、手習いである。 この唐突ともいえる展開、直接のきっかけは、行きつけの散髪屋さん、だった。 そのお店のマスターには日頃から大変お世話になっているが、親しくさせて頂いているもう1人のスタッフが実は、聾者、であり。 “手話ができると、コミュニケーションの幅が広がりますよね。”先日、お店で、そんな会話になった。 自身、手話ができるマスターは、“それなら早速ご紹介しましょう”というや、散髪中にも関わらず、早速、電話をかけ始めた。 ちょ、ちょっと、いきなり、の展開である。 ほどなく、ご紹介先のサークル会長から、“ちょうど明日、会があるから見学にいらしては?”ということになった。 せっかくのお話なので、と翌日、お邪魔してみた。 主婦、というかほとんど女性ばかり、ざっと50~60名。 私1人、スーツ姿で場違い甚だしく、皆様からの視線は、ほとんど不審者、であったが、ご配慮により、自己紹介と見学の経緯をお話させて頂き、こちらもホッとしたのである。 それにしても、皆さん、手話がペラペラ。レベルがちょっと違いすぎ、そんな見学の印象であった。 結局、サークル会長のアドバイスにより、松山市で明日から開講される、初心者向け手話講座から始められてはどうか、ということで、今日の初日、となった。 この間、たった3日。唐突にして急展開、というべきか。 今日集まったのは約50人。いずれも、私と同じ、まったくの初心者である。 女性が多いのはあらかた予想できたが、年齢層がかなり若めだったのは意外だった。また、男性も、学生から社会人まで1割強いたのは心強いが、かなり予想外だった。 その向学心に心から拍手を送るとともに、入門動機を聞いてみたい衝動に駆られた。私のほうは、といえば。 昨年の選挙期間中から今日まで、聾者の方との出会いが少なくなかったこと、本会議や委員会で、災害時の要援護者対策の必要性を訴え続けてきたこと、 など、1年を通して様々な場面で。ユニバーサルなコミュニケーション能力の必要性を痛感してきたのであった。 初日は終日、身ぶりによる表現を学んだ。目からウロコ、という以外なかった。 表現手段を制約された時、人は。 相手に何かを正確に伝える、ということが、いかに難しいか、ということを、体と心で、感じさせて頂いた。 聾者の方々のお気持ちに、少し触れさせて頂いた気がした。 しっかりと学んで身につけていきたい、と思うが、この入門講座。全20回の内、4回以上欠席すると、基礎講座に進めないことになっている。 振り替えは、きかない。本会議であっても委員会であっても、欠席は欠席、条件はキツイのである。 入門で終わらないようにしたい。というか、日程が重なりませんように、である。
午後、党務。夜は、支援団体会合に参加させて頂く。 さて。最近、時間が経つのが、とてつもなく、早く感じる。 自身、年を取ったせいもあるかもしれないが、時間に対するルーズの裏返し、なのかもしれない。 自戒を込めて、開いてみる。 ��プロフェッショナルの原点」。��.F.ドラッカー著。 やはり、アイタタ、その通りであった。汝の時間を知れ、である。 同著は、仕事で成果をあげるためには、何をどうすべきか、という行動論であって、それには5つの習慣が必要と説く。 以下に列挙してみると。 1. 時間をマネジメントする。2. 貢献に焦点を合わせる。3. 強みを生かす。4. 重要なことに集中する。5. 効果的な意思決定を行う。 時間のマネジメントは、成果を上げる最重要の要素、なのだ。続けざま、第2章の扉のメッセージが心に突き刺さる。 ��時間は有限であって、かけがいのない資源である。一日、一週、一年のいずれの時間も増やすことはできない。 だが、あらゆることが時間を必要とする。最も稀少な資源である時間のマネジメントによって、あらゆる成果が左右される。 時間をマネジメントできなければ、何もマネジメントできない。時間のマネジメントは成果をあげるための土台である。 うれしいことに、時間をマネジメントすることは可能である。練習と努力によって上達することができる。」 最後の部分は希望だが、途中の部分は絶句である。時間をマネジメントできなければ、何もマネジメントできないのだから。 自身のなすべき貢献は何か、上げるべき成果は何か、そして、そのために時間をどう使うべきか。 今一度検証するとともに、そこへの真剣と真摯が必要であることを痛感した。議員もまた、ビジネスマンであることを忘れてはならない、と思うのである。
午前、自衛隊関係者の会合に来賓として参加させて頂いた。 第50回社団法人全国自衛隊父兄会松山支部連合会定期総会並びに地域啓発座談会、である。 初参加のため、要領を得ず、促されるままに着席したものの、他の来賓は来られない。 総会がいよいよ始まる段になっても、来られない。総会は粛々と進むが、来られない。 なるほど。 来賓出席者は総会終了後の式典から参加するんだ、と気づいたが、後の祭りであった。 1人、場違いを堪えながら、ようやく、第2部の式典に移る。ぞくぞくと来賓ご入場、でバツの悪い気持ちがようやく落ち着いた。 さて、自衛隊、である。 考えてみると、というほどに、私にとって考えさせられる貴重な機会となった。 あの、9・11以来。世界は見えない敵との戦い、といった様相を呈している。 あるいは。 地球温暖化の影響で、昨今、世界を取り巻く、異常気象と自然災害。その被害規模は、年毎に加速しているといって過言ではなかろう。 日本でも。 観測史上初とか、記録的な猛暑、あるいは寒波、というような報道が、今までには考えられない異変の進行を、常に私たちに示唆している。 いつ、何が起きるかもしれない。 そういう状況の中で、どのように国民の生命と財産を守るのか、という命題は、政治ミッションであるとともに、そのまま防衛省の最重要任務といえる。 また、国内だけではなく。防衛省に昇格したことにより、国際貢献が、自衛隊の本来任務にもなった。 空気のように当たり前に思っていることが、実は、当たり前ではないこと。 そこに、人知れず献身的にご苦労をされている方々がいらっしゃるからこそ、であり、そのことを忘れてはならない、ということを感謝とともにあらためて認識させて頂いた。 シビリアンコントロールが大前提であるがゆえに。宿命的に、厳しい目が向けられる自衛隊、また防衛省ではある。 が、一方で。そうした温かな感謝の気持ちもまた向けられる私たちでありたい、と思う。 ��写真は、四国の自衛隊唯一の音楽隊、第14音楽隊の見事な演奏風景。)