今日は、 気になる2つの選挙の日、である。しっかり行方を注視してまいりたい。 もう1つ、息子の9歳の誕生日でもある。しっかり責任を持って育ててまいりたい。 さて。先週の日曜日の話。 どうもわが家は、息子とその友達の、放課後と休日の拠点になっているようで。 家内から、朝、 “用事があるので、夕方、子どもたちを遊びに連れていってほしい”との、お達しがあった。 有無を言わさぬ響きあり。昼下がり、いざ、グローブとボールを持って、息子が通う小学校へ向かった。 日曜日って、結構、子供たち、遊びに来ているものだなー、と思いながら息子を見ると。 同級生やら、先輩やら、気になるのだろう、こちらが保護者同伴であることが、少し恥ずかしい様子であった。 知らない間に、成長しょーる、しょーる、である。 で、キャッチボールをしようと思っていると、鉄棒の逆上がりができないので練習したい、という。 おー、やってみ、やってみ。 見ると、最近の小学生は、補助板のようなありがたい道具まで用意されているらしい。 1回、2回、5回、10回とトライを始めるが、失敗の連続。それではムリだろう、と私は思わず立ち上がり、お手本を見せた。 軽いめまいがした。 逆上がりついでに、前回り、後ろ回り、膝掛回り、と回りに回り、目の前を、久々に星が飛びまくるのであった。 さて、自慢ではなくて、ちゃんと教えろ、であった。 自分ができることと、人をできるようにすることは、全く別ものである、ということが、痛いほど身に沁みた。 鈍くさいながらも、それでも、何回かに1回できるようになった頃、息子の友達たちがやってきた。 “おまえんとこの母さんが、小学校におるよったけー、来た”、と。 それから、みんなとキャッチボールを楽しむこととなったが、この子らの辞書には確実に、疲れる、という文字はない。 そう確信した私は、おもむろに、“おじさん、ちょっと用事があるけん、帰ろーわい”、と。 疲れた、とは決して言わずに、フェイドアウトするのであった。 そして。 キャッキャ言いながら、いつの間にか、次の遊び場所へ消えていったキミらのために、おじさん、がんばるけん。 そんな気持ちがみなぎってしかたがない、おじさんなのであった。 ��写真は、息子の逆上がり練習風景。)
夜、手づくりの資料を携え、久万高原町に向かった。 今日は、月に1度の党員会である。 お土地柄により農業関係者が多く、ちょうど日も長くなり始めた今は繁忙期、と伺った。 そうした中を、お集まり頂いた皆様である。感謝の思いで、与えられた任を精一杯務めさせて頂いた。 今日は、あらあじめのご要望により、国政の行方について。 といっても、実際。それは、誰にもわからないに違いない。 そういう、予言とか占いの趣旨ではなくて。 現時点における重要な政治課題を真ん中において、私たちを取り巻く政局が今どのような状況にあって、 今後の政治日程を考えると、どのような展開が想定されるか。 その中で、私たち公明党にはどういった戦略と行動が必要か、 ということを、皆で考えましょう、というものである。 こうしてまとめると整然としているが、要は談義、である。 難しい専門用語は、身の丈言葉に置き換える。複雑な状況説明は、身近なたとえ話に置き換える。 すると、 “そういうことじゃったん”、“そりゃあ、何とかせんといけんわい”、 と、自分ごとになる。自分はこう思う、と意見が出てくる。 賛否も、硬軟も、さまざまな意見が飛び交い、気づけば終了予定時刻となっていた。 自分を他人に置き換え、当事者に置き換えたとき、初めて。政治は血が通ったものになるのだ、と思わずにいられない。 こうして、今日も、私は。皆様から、草の根対話の重要性を、教えて頂いているのだ。 私たち公明党にはどういった戦略と行動が必要か、について。ここでは、戦略は措くとして。 必要な行動を皆で考えた結論は、まさに、草の根対話、であった。それは、遠回りのように見えて、最も確かな行動、に違いない。 自ら率先あるのみ、と決意しながら。 すっかり夜の帳も下りて、ひんやり肌寒い久万高原町を、家路についた。 ��写真は、安田 侃 作 「意心帰」 at 東京ミッドタウン。)
終日、県民相談に関する部局折衝に動く。息つく暇もなくスピーディに、日が暮れた。 今日が週末であることも、明日から人によっては大型連休に入ることも。 そういえば、と今頃気づく。 気づきついでに、リフレッシュという単語を何年かぶりに思い出した。 そういえば、結婚以来、ゴールデンウィークに、家族でのんびりできたためしが、なーい。 今年こそは、とも思うが、この時点でまったくの白紙。 結局。父親の仕事が疎かになっている、との自省に行き着いた。 さて、本日の部局折衝である。 私たち議員は、日頃、県民の皆様から様々なご相談ご要望を承る。 ひとくちに県民相談といっても。 都市部に住み、島嶼部にすみ、中山間地域に住み、あるいは生活者であり、消費者であり、労働者であり、 父親であり、母親であり、子どもであり、患者であり、と、老若男女あらゆる方々の、あらゆる側面を持っている。 したがって、県民相談に対する私たちの姿勢は、“365日360度対応”、でなければならない。 少なくとも、サービス業出身の私は、そう確信している。 おかげさまで。有難くも、というか、恵まれているというか、最近。 部局担当者との間で、そうした思いを共有して戴けてるな、と実感することが多々ある。 具体は伏せさせて頂くが、特に某部局は、対応が早い。早いばかりではない。 対応方針、経過報告、事後報告、という念の入れようと的確さに、いつも驚かされ、その都度、感謝の気持ちが込み上げるのである。 これこそ、真の行政サービスだな、私もかくあれかし、といつも学ばせて頂いている。 その一方で、残念としかいいようのない場面もある。いわゆる、お役所仕事に、出会ったときだ。 全庁意識が、相対的に良い方向へ変化していく中で、かえって色濃く、際立って映る。 時代の変化に追いついてほしい、と思う。 そして、政でも官でもなく。すべては県民本位、という信念に立ち。 共に汗をかきながら、愛媛の新時代を拓いていきたい、と思う。 ��写真は、4/23市内党員会でのご挨拶風景。)
早朝、一路、今治へ。 10:00、今治市役所にて石井市議と合流し、海を渡り。向かったのは、私の故郷・伯方島である。 手帳を見ると、3ヶ月ぶりであった。 お申し出の方々による県民相談と視察を兼ねてであったが、それらは当時、私自身、身をもって辛い思いをしたことであれば、まったく痒い所に手が届くほどに、事情がよく理解できた。 善処を約した、その場所は、伯方中学校。つまり、私の母校である。 卒業以来、初めて、門をくぐった。同行の方々には悟られないよう、1人感動に包まれた。 ジーン。 今でもたまに夢に出てくる、あの、校舎と中庭と校庭のぼんやりが、くっきりに変わった。 ぜんぜん、変わってなーい。どうぞこのまま、と思いたいが、少子化の波はそれを許してくれない。 今年度からお隣の西伯方中学校と合併がなされ、かつ、2学期からはいよいよ新校舎へ移転する、というのだ。 これが見納めになるかもしれない、と思うと、無性に寂しくなった。デリケートな生徒にとってはなおさらであろう、と思うと心も痛む。 しかし、旧両校の生徒には、気持ちを前向きに切り替え、新時代建設の息吹に燃えて、勉学とスポーツに勤しんで頂きたい、と思う。 まっさらな校舎もグランドも、そして未来も、間違いなく、キミたちのものなのだから。 さて。 その後、石井市議と今治市内中心部に戻り、数ヶ所の視察を行なった。 なるほど。当事者でないと、そこで暮らさないと、見えてこないことばかりである。 あらためて私たち公明党は、生活現場主義者でなければならない、と思った。 次いで、企業訪問を行い、役員幹部と地元情報を交換した。ここでも、原油高騰問題が大きく影を落としているのである。 もはや、グローバリゼーションが影響を与えない企業も個人もない、と思えるほどに、切実な現実で戦う、民間企業の必死さを痛感する。 面談の佳境にて、景気回復の実現を急がねば、と思う。ねじれている場合ではないのだ、と怒りが込み上げてきた。 貴重なひとときを謝し、訪問先を辞した後、石井市議と別れ、1人松山へ。帰り道の北条にて党員さんを訪ね、そのまま夜の支持者会合に駆けつけた。 いかにも、走った1日。 そして、見て、聴いて、考えて、感じて、対話した、どの場面1つ取っても。 その解決に向けたプロセス全体が、政治そのものなんだ。政治のパフォーマンスは、十分条件ではあっても必要条件ではないのだ。 そんな気持ちが、心の底から、湧いてくる。 小さな確信が、少しづつ大きなものになっていく。生きた勉強をさせて頂いていることに感謝したい、と思う。 ��写真は、新・伯方中学校の門標。)
本日も、フル回転の1日。 午前、地域活性化特別委員会。午後、講演会と県民相談。 そして夜は、市内の党員会に参加させて頂いた。 盛りだくさんの中で今日は、㈱内外ニュース主催の講演会について。 タイトルは、��命の危機管理~ヘリコプター救急の普及を目指して~」。 講師は、認定NPO法人・救急ヘリ病院ネットワークの、国松孝次理事長である。 国松理事長は知らなくとも、国松元警察庁長官といえば、ピンと来る方は多いだろう。 そう、今から13年前の、あの、衝撃的な狙撃事件により、3発の凶弾を受けたご本人であられる。 幸いにして一命を取り留め、健康を回復された国松氏は今、ドクターヘリの普及にご尽力をされているのであった。 その目指すところは、まさに私たち公明党にとって、2003年マニフェストに謳って以来の悲願と重なる。 そして、昨年6月の、ドクターヘリ特別措置法成立は。 そうした、関係各位のご努力の賜物以外何物でもないし、救急医療の前進に、極めて大きな道筋を拓くものであった。 そうした矢先に、明るいニュースも飛び込んだ。 それは、今年1月。 愛知県の山間部で池に溺れ、心肺停止状態になった3歳児が、ドクターヘリ搬送・治療によって見事に蘇生回復した、というニュース。 国松理事長の講演は、そうした救急医療に果たすドクターヘリの効用について、 具体的事例を挙げ、データを駆使しながらの、非常にわかりやすいものであった。 その上で。 ドクターヘリの整備普及を進めるには、行政課題はまだまだ山積、とし、 地域住民とのコンセンサスの確立から、総合救急医療という、制度設計上のテクニカルなものまで、 私たちに対して、極めて大きな宿題を投げかけて終了となった。 かけがいのない命が、1つでも多く助かるように。 世界最先進のドイツに学び、スイスに学び、そして、愛媛と四国の救急医療改革につなげてまいりたい。 それこそ、私たち公明党がなさねばならない仕事、と信じて。 ��写真は、認定NPO法人・救急ヘリ病院ネットワーク・国松理事長の講演風景。)