唐突に、かもしれないが、長崎市へ。 かねてから約束していた、大学時代の親友Oちんを訪ねた。 同市を訪れるのは、実は私、初めてで、なるほど、坂の多い町、であった。 ということは、と思わず。 この町のバリアフリー構想について、理事者のお話を伺ってみたくなったが、それはまたの機会として。 今や某大企業の支店長となったOちんの、それ相応の車に乗って、市内を見学。 仕事がら、というと僭越だが、またとない視察、となった。 その観光資源の豊富さ、力強さといい、新幹線延伸の呼びこみ熱、といい、 原爆体験を風化させない平和の希求、といい、 元寇、出島、島原の乱、亀山社中など、数々の歴史の舞台を街の風景にちりばめて。 訪れる人々へ、さまざまに薫るメッセージを、発していた。 愛媛県と、ほぼ似た人口規模の長崎県は、島しょ部数で日本一。 ちなみに、本県は第3位。 きっと同質の行政課題を抱えていようが、しかし、ならば共有もできるはず、と思った。 いわゆる、離島サミットのような形で、分野ごとの交流促進が可能、と気づく。 その他の触発、実に多々の、長崎であった。機会を作って頂いたOちんに、感謝、である。 ちなみに。 20数年ぶりに一献傾けながら、��ちん、全然変わってへんわ、カッコ苦笑、という安堵を覚えたが、 それは、きっと彼も同じだったに違いない。 お互いがんばろうぜ、お互い、ね と、小雨交じりの中、相変わらずのエールで散会、となった。 ��写真は、長崎市内の、孔子廟。)
12月議会、閉会日。 いつもの閉会と異なったのは、今回、 議員発の、愛媛県食の安全安心推進条例について、賛成・反対の討論が行われたこと、だ。 結果的に原案可決となったが、事態の背景やプロセスを含め、 私にとっては貴重な経験となった。 なぜなら、議員提案による政策条例は、今後ますます推進されるべきで、 そのためには何が必要か、という現実を目の当たりにしたから。 なるほど、政治は奥が深い。と余韻を残しながら、午後は県民相談。 夜は、伯方島へ。昨日と同じく、地域の課題をお伺いする。 お1人お1人、挙手を頂き。それは。 お約束の時間を過ぎても、決して止まることはなかった。 散会後、皆様をお見送りしながら。 今日頂いた諸課題は、そのまま、私たち公明党に対する期待なんだ、 と、感謝の気持ちが込み上げてきた。 励めよ自分、である。
日中、企業訪問。西条市と松前町を、訪ねた。 その会社は、この不景気にあって、売上拡大の快進撃を続けていた。 結果を出し続けるマネージャの、戦う前傾姿勢と迫力のお話に、鳥肌ものの感動、を覚えた。 まさに今、政治こそ、結果が求められている。 恐縮にもご挨拶の機会を頂いた私は、社員の皆様を前に、 公明党がこれまでに築いてきた実績と、これからめざす成果について、お訴えした。 貴重な機会を頂いた関係者に、心より感謝申し上げたい、と思う。 夜は一転、大三島へ。 支持者の皆様から、地域課題についてご要望を承った。 県内に厳然とある地域格差について。 9月議会で提起させて頂いたが、解決への道筋の模索は、今も続く。 とはいえ、ご要望のうち、すぐできることは今すぐに。 気づき直行、電光石火、で帰り道。いくつかの連携を取らせて頂いた。 さあ、明日は伯方島、だ。
午前、県民相談。午後、松山市内にて政治学習会。 支持者の皆様と車座になって、忌憚なく語り合うことができ、 心より、感謝申し上げたい。 その中で、特に痛感させられたのは、高齢者をとりまく生活環境、について。 ややもすると。政治は、財政寄りになりがちだが、 それは絶対にダメ!ということを、 生活者寄りでもダメで、生活者起点でなければダメ!ということを、 あらためて教えて頂いたのであった。 頂いた皆様のお気持ちを。 国にも伝え、県にも共有し、体現できるよう、自身を戒めてまいりたい、と決意する。
午前午後にわたり、文教警察委員会。 さっそく、まず。 学校へのケータイ持ち込みについて、愛媛県の実態を、質した。 公立校については、小学校88%、中学校97%、高校71%、 の学校が持ち込みを禁止し、校内での使用を認めていない、 ということが判明した。 ここから議論が白熱するのだが、詳細は明日の地元紙に譲るとして。 とある方のとある発言に、深く期するところを覚えた。 それが、今日の私のエポック、となる。要は、力をつけろ、である。